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第5話 — アリスの最初の朝

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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これからも書き続ける大きな励みになります。

ありがとうございます。

洞窟の壁の隙間から差し込む最初の光が、私のまぶたを叩いた。

この世界の太陽は、どこか不思議だ。

刺すような眩しさはなく、常に《永遠の森》を覆っているマナの霧にされたような、柔らかく穏やかな光。その光が石壁に触れると、冷たいはずの岩肌がまるで体温を宿したかのように淡く色づき始める。

私はゆっくりと玉座から身を起こした。背中の黒い翼を一度大きく広げ、それから音もなく折りたたむ。頭の角に溜まった夜の間のマナが、指先に少しだけ熱を伝えてきた。

ふと隅に置かれた銀枠の鏡が目に入り、私は無意識にその前へ歩み寄った。鏡の中の紫の瞳と視線がぶつかる。指先で少し乱れた長い髪を梳き、右目を隠す前髪の形を整える。ただ、自分が自分で在ることを再確認するように、静かに自分を見つめた。

身なりを整えて振り返ると、ピップがもうアリスの枕元でゆらゆらと揺れていた。時折、確かめるように彼女の頬に触れている。

アリスはまだ、深い眠りの中にいた。

規則正しい呼吸。昨夜までの悲痛な影が消えた、穏やかな寝顔。ここに来たばかりの時とは比べものにならないほど、その表情には安らぎが満ちている。

玉座のすぐ側では、ルファスが丸くなって眠っていた。白銀の尾を毛布のように体に巻きつけ、静かな冬の風のような寝息を立てている。

――ダンジョンとしては、あまりに緊張感のない光景だ。

けれど、今の私にはそれが当たり前のように感じられ始めていた。

私は音を立てないよう静かにキッチンへ向かった。

今日の朝食は、簡単なものでいいだろう。

蜂蜜を塗ったトースト、薄焼きの卵料理。それから、昨夜の残りのスープを温め直す。

パチパチと火が爆ぜる音と共に、甘い香りが部屋に広がり始める。白いカップに熱湯を注ぐと、ジャスミン茶の柔らかな香りが湯気と共に立ち上った。

「……んぅ」

小さな声が、静寂を優しく破った。

アリスが布団の上でゆっくりと身を震わせ、小さな手で目をこすりながら起き上がる。寝癖で跳ねた金髪を揺らしていると、ピップが嬉しそうに彼女の膝の上へ飛び乗った。

「おはよう」

私が声をかけると、アリスは眠たげな赤い瞳でこちらを見上げた。

「……おはよう、ございます」

「お腹は空いてる?」

アリスがこっくりと頷く。

「じゃあ、食べようか。ルファスが起きて全部平らげちゃう前にね」

その言葉を待っていたかのように、ルファスの尻尾がぴくりと跳ねた。

彼女は大きく体を伸ばして起き上がったが、銀色の髪はとんでもない寝癖がついている。数秒間、寝ぼけた顔で虚空を見つめていたけれど、視線が食卓に向いた瞬間、その瞳に光が戻った。

「……ごはん」

ぼそりと呟く彼女に、アリスがくすっと声を漏らして笑う。

ルファスは構わず大きなあくびをして、いつもの素直な顔で言った。

「だってお腹空いちゃったんだもの」

私たちは低いテーブルを囲んで座った。

ルファスが勢いよく食べ進める横で、アリスは一口ずつ、宝物を確かめるように大切に食べていた。まるで、この温かさが突然消えてしまうのを恐れているみたいに。

「……おいしいです」

その小さな呟きを聞いて、私の口元にも自然と笑みが浮かんだ。

食後、ルファスはそのまま床にゴロンと寝転がった。ピップはそのお腹の上に乗って、呼吸に合わせてぽよんぽよんと揺れている。私はアリスを連れて、少しだけ洞窟の入り口の方へ歩いた。

目の前には、紫の霧に包まれた《永遠の森》が広がっている。

巨大な木々が世界の番人のようにそびえ立ち、静かな威圧感を放っていた。

「外の世界には、いろんなものがいるんだ。モンスターも、人間も。……それから、他のダンジョンもね」

私は静かに、外の景色を見つめながら続けた。

「でも、この中なら――アリスは安全だよ」

アリスの小さな手が、そっと私の服の袖を掴んだ。

「……アリス、外はまだ怖いです」

「……」

「でも、ここは……怖くないから」

私は何も言わず、彼女の金髪を優しく撫でた。アリスはそっと私の腕に寄りかかってくる。その肩はまだ微かに震えていたけれど、それは恐怖ではなく、安堵の震えだった。

「大丈夫。君が準備できるまで、外に出る必要はないよ。ここでは時間だって、ゆっくり流れるんだから」

アリスが静かに頷いた、その時だった。

「ちょっと、ルファスを置いて感動シーン作らないでよ」

後ろから、不満そうな声が聞こえた。

見れば、ルファスが床に寝そべったまま、片目を開けてこちらを見ている。

「私だって、もう家族なんだからね」

その言い草があまりに彼女らしくて、私は思わず肩をすくめた。

「……そうだな。お前も家族だ、ルファス」

満足したのか、ルファスは鼻を鳴らして再び目を閉じた。アリスの澄んだ笑い声が洞窟の中に響き渡る。昨日よりもずっと、心からの笑い声。

――それだけで十分だ。

私は、そう確信していた。


この物語の世界観や登場人物を少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。これから少しずつ更新していく予定です。応援よろしくお願いします。

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