第35話 ― 選択した者たち
境界での事件から三日が経過したが、濡れた土の匂いと凍りついた空気の圧迫感は、いまだにサーシャとミーシャの五感を支配していた。
彼女たちの陣形は、わずか数秒で崩壊した。
巨大なストーン・トロールは、青銅級の騎士が太刀打ちできる相手ではなかった。
サーシャは、自分の剣が折れた瞬間と、死の影が迫りくる中で喉に詰まった息の感覚を鮮明に覚えていた。
しかし、死がその手を伸ばそうとした刹那、世界は唐突に静寂に包まれた。
空気が震えた。
繊細ながらも絶対的な圧力が、戦場を掃き清めるように広がった。
それは騒々しい魔法の爆発ではなく、世界の理を屈服させる「権威」そのものだった。
トロールは動きを止め、その岩の筋肉を激しく震わせた後、目に見える攻撃を一切受けないまま粉々に砕け散った。
伏した木々が敬意を表するように頭を垂れる中、そこに彼女が立っていた。
薄紫の浴衣が静かにたなびき、荒々しい森の背景とはあまりにも対照的な美しさを放っていた。
「なぜ、まだこの領域にいるの?」
彼女は淡々と尋ねた。
その声に怒りはなく、ただ進路を間違えた虫の存在を問うような、無機質な問いかけだった。
普段は論理的で計算高いミーシャが、先に感情を爆発させた。
足手まといであり続けることへの挫折感が、彼女に枯れた声を上げさせた。
「……強くなれる場所が、他にどこにもないからです!」
サーシャは震える拳を握りしめ、深海のように深い紫の瞳を見つめた。
「恩を返せないまま守られ続けるのは嫌なのです。私たちは……もう弱いままでいたくない」
フロスティーヌは長い沈黙の後、彼女たちを眺めた。
それは憐れみではなく、冷徹な品定めのような視線だった。
「私の領域は、人間に優しい場所ではないわ」
「自ら抗おうとしない者の安全を、私は保証しない」
それは温かい招待などではなかった。
それは明確な挑戦状であり、サーシャとミーシャにとっては、ようやく開かれた希望の扉だった。
限界の淵での適応
ダンジョンでの生活は、彼女たちの想像を絶するほど過酷なものだった。
フロスティーヌは彼女たちを城の中へ招き入れることはせず、空気が「重い」擬似草原の端にある小さなログハウスを住処として与えた。
最も苦しんだのはミーシャだった。
ダンジョン内のマナ密度は、普通の人間にとっては異常なレベルに達していた。
一息つくたびに粘り気のある液体を肺に吸い込んでいるような圧迫感を感じ、彼女は頻繁に吐き気を催して倒れ込んだ。
純粋すぎるマナを吸収しようとするたびに、彼女の魔術回路は悲鳴を上げた。
サーシャは肉体的には早く順応したが、精神的には常に監視されているような緊張感の中にいた。
彼女たちの任務は単純で、リルと共に外周をパトロールすることだった。
しかし、巨大なフェンリルの隣に立っているだけで、精神的なスタミナは削り取られていった。
フロスティーヌは滅多に言葉を交わさなかったが、その存在感は常にそこにあった。
ある日の午後、サーシャがシャドーボクシングをしていると、遠くから腕を組んで見ていたフロスティーヌが声をかけた。
「歩幅が広すぎるわ。剣を振る前に、素早い魔物に腱を切られるわよ」
ミーシャに対しては、より鋭い助言が飛んだ。
「マナを支配しようとしないで。自分自身がただの川の一部であるかのように、それを流しなさい」
「貴女は魔法の主ではない。ただの器なのよ」
その指示は短く、冷たく、そして恐ろしいほど効率的だった。
ぎこちないダイナミズム
少しずつ、奇妙なルーチンが形成されていった。
最初はフロスティーヌの尻尾の陰に隠れていたアリスが、自分から近づいてくるようになった。
ある日、顔色の悪いミーシャに、アリスは鮮やかな青色の水が入ったグラスを持ってきた。
「これ、ピップからだよ。お母様が、これを飲めば頭の痛いのが治るって」
ミーシャがそれを飲み干すと、胸のつかえが瞬時に消え、見知らぬ温かさが広がった。
ルファスはいまだに最も近づきがたい存在だった。
黒龍の彼女は、よく「なぜ庭にゴミが落ちているのか」と言わんばかりの視線を向けてきた。
しかし、サーシャが激しい筋肉の痙攣で立ち上がれなくなった時、通りかかったルファスはただサーシャの近くの地面に爪先を触れさせた。
温かなエネルギーが伝わり、凝り固まった筋肉が一瞬で癒された。
ルファスは振り返ることもなく、ただの偶然であるかのように鼻を鳴らして去っていった。
彼女たちは部下ではない。
家族として認められたわけでもない。
しかし、外界から「災厄」と呼ばれるこの場所で、サーシャとミーシャは王都にはなかった「強さへの誠実さ」を見出していた。
異なる空
その夜、サーシャはログハウスのテラスに座り、静止していながらも美しいダンジョンの擬似星空を見上げていた。
ミーシャが隣に座り、マナのパターンのスケッチで埋め尽くされたノートを抱えた。
「サーシャ、貴女も考えているの?」
「フロスティーヌ様のこと?」サーシャが頷いた。
「世界は彼女を『歩く災厄』と呼んでいる。王国はその名前を聞くたびに死ぬほど怯えているわ」
「でも、ここでは……」ミーシャは遠くに見える黒い城を見つめた。
「災厄は、妹のために紅茶を淹れたりしないわ」
「災厄は、頭が痛い時に薬をくれたりしないし……生き残る術を教えてくれたりもしない」
ミーシャは俯き、指先を握りしめた。
「生まれて初めて、誰かに何かを証明しなきゃいけないって感じないの」
「ただ……彼女の隣に、震えずに立っていたいだけなの」
サーシャは小さく微笑み、友人の手を取った。
「そうね。私たちは、法律や騎士の誓いに縛られて彼女に従っているわけじゃない」
「私たちは、あの女性の物語の結末を見届けるためにここにいるのよ」
遠く離れた城のバルコニーで、フロスティーヌが二人を見下ろしていた。
その紫の瞳が、擬似星空の光を受けて輝く。
隣の影から、ルファスが姿を現した。
「本当にあの子たちを飼うつもりなの、フロスティーヌ?」
「いい目をしているわ」フロスティーヌは優しく答えた。
「たとえその先が崖であっても、自分の道を選び取れる目よ。あの子たちがどこまで行けるか、見てみたいの」




