第26話 ― 帰郷
帰り道は、ひどく長く感じられた。
物理的な距離は、オークウェルから半日の道のりに過ぎなかったはずなのに。
フロスティーヌは、アリスの足を一秒たりとも地面につけさせなかった。
ずっと、その腕の中に抱きかかえたままだった。
「お姉様……離さないで……」
アリスが掠れた声で小さく呟き、フロスティーヌの首に細い腕を回した。
フロスティーヌは無言で抱擁を強め、妹の頭に優しく口づけを落とした。
「離さないわ、いい子ね。二度と、あなたを離したりしない」
その囁きは穏やかだったが、絶対的な誓いが込められていた。
傍らでは、ルファスが油断のない足取りで歩いていた。
黄金の瞳で周囲の森を掃射し、まるで破壊すべき標的を探しているかのようだ。
「腕が疲れたなら、私が代わってあげてもいいわよ。フロスティーヌ」
ルファスが静かに提案したが、フロスティーヌは前を見つめたまま短く首を振った。
「必要ないわ、ルファス」
「彼女に、私の鼓動を感じさせておきたいの」
「これが夢ではないと、分からせるために」
隠されたダンジョンの入り口が、二人を迎え入れるように開いた。
沈みかけた夕日が、馴染み深い静寂の中に溶けていく。
フロスティーヌは玉座の間へと足を踏み入れた。
絨毯の上には、アリスが広げたままの玩具がまだ散らばっていた。
彼女は大きな玉座に深く腰を下ろした。
アリスを膝の上に丸めさせたまま、片時も離そうとはしなかった。
ルファスが指を鳴らし、暖炉に火を灯した。
「よし、火がついたわ。これで少しは人間らしい部屋になったかしらね」
ルファスはそう呟き、玉座の階段に腰を下ろした。
リルがその巨体を二人の足元に横たえ、重苦しい鼻息を漏らした。
『主よ、内部の安全を確認しました。留守の間に紛れ込んだ鼠は一匹もおりません』
念話を通じてリルが報告する。
フロスティーヌは小さく頷き、落ち着きを取り戻したアリスの金髪を撫でた。
「ありがとう、リル。休みなさい。今日はよくやってくれたわ」
夜は更け、疲労を含んだ静寂が辺りを包み込んだ。
街一つを飲み込みかけた怒りの嵐が去った後の、静けさだった。
ルファスは空いている方のフロスティーヌの手を掴み、強く握りしめた。
彼女の迷いを断ち切るかのように。
「自分を責め続けるのはやめなさい。フロスティーヌ。彼女はもう、家にいるんだから」
ルファスの声は、いつもよりずっと真剣だった。
フロスティーヌは、泥だらけになったキツネの人形を抱いて眠るアリスを見つめた。
そして、長い溜息を吐いた。
「分かっているわ、ルファス」
「ただ……あの冷たい場所にいた彼女を見て、思い知らされたの」
「私が築き上げた平和が、どれほど脆いものだったかということを」
擬似的な朝日が差し込み、朝が訪れた。
アリスは目を上げ、姉の紫の瞳を見つめた。
「お姉様……私たち、本当に、おうちに帰ってきたの?」
寝起きの掠れた声で、アリスが尋ねた。
フロスティーヌは温かく微笑んだ。
家族だけにしか見せない、心からの微笑みだった。
「ええ、いい子ね。おうちに帰ってきたわよ」
「ここにいるのは私たち二人と、ルファスお姉様と、リルとピップだけ」
アリスはフロスティーヌに強く抱きつき、囁いた。
「それだけで、十分だよ。お姉様」
「アリス、他に何もいらないもん」




