第25話 ― アリスが見たもの
アリスは、いつ正確に意識を失ったのか覚えていなかった。ただ、新しい布の匂いと、腕の中のキツネの人形、そして口を塞いだ冷たい手の感触だけを覚えている。次の瞬間、世界は唐突に空白へと変わった。
目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。ふかふかのクッションに囲まれたダンジョンの自室でもなければ、いつも寄り添っていたフロスティーヌの温かな膝の上でもない。そこは冷たかった。壁は灰色の金属でできており、頭上のランプは禍々しい赤色に灯って、部屋の隅々に不気味な影を落としている。
アリスは身を縮めた。足には重い金属の枷がはめられ、首にはルーン文字が不気味に点滅する奇妙な首輪が巻き付いている。力を振り絞ろうとするたびに、首輪がうなりを上げて彼女のエネルギーを吸い取り、冷たい石の床に力なく伏せさせた。
アリスは唇を噛んだ。泣いたりはしなかった。フロスティーヌの言葉を思い出したからだ。
「何があっても、アリスは冷静でいなさい。お姉様が必ずあなたを見つけるわ」
彼女はお姉様を信じていた。この世の何よりも。
厚い鉄の扉の向こうから、くぐもった声が聞こえてきた。
「……純血の吸血鬼の検体だ……」
「……血の中にアークデモンのマナの残滓が含まれている……」
「……母親をここへ誘い出せ。マナの罠は準備できている」
彼らはお姉様のことを話している。自分の一番大切な人を傷つけようとしている。
悲鳴のような軋みを立てて扉が開き、二人の人物が入ってきた。丸眼鏡をかけた白衣の男、ヴァルン教授。そして氷のように冷たい表情の女。
ヴァルンは微笑んだが、その目に慈悲の色は微塵もなかった。「こんばんは、おちびさん。君はね、あの『災厄』と呼ばれる存在を理解するための鍵なんだよ」
「鍵……?」アリスの声は小さく、消え入りそうだった。
「君の母親か何か知らないが、あの狐耳の女のマナは測定不能だ」ヴァルンは注射器を準備しながら低く笑った。「君の血を解剖すれば、奴を仕留める方法が見つかる。奴が君を迎えに来る頃には、最高級の棺桶を用意して待っているよ」
アリスはキツネの人形をぎゅっと抱きしめた。指先が白くなる。得体の知れない怒りが、彼女の血の中で煮え立ち始めた。自分が誘拐されたことへの怒りではない。お姉様を獲物のように扱っていることへの怒りだ。
彼らは分かっていない。自分たちが一体誰に挑もうとしているのかを、本当には分かっていないのだ。
災厄の降臨
人間たちが去った後、アリスは暗闇の中に一人残された。彼女は目を閉じ、自分を助けてくれる何かを探した。そして、血管の奥深くにそれを感じた。
温もり。決して絶えることのない、永遠の炎のような。
それはフロスティーヌの血。かつて彼女が生き延びるために口にした血だった。彼女はその温もりを呼び起こし、お姉様の顔、そして二人の家の匂いを思い描いた。
その時、突如として大地が震えた。
ただの地震ではない。その振動は、怒りに満ちた心臓の鼓動のようだった。外ではアラームがヒステリックに鳴り響き、連続する爆発音と、鉄の壁を突き抜けるほどの恐怖に満ちた叫び声が聞こえてくる。
「防衛システム崩壊!」
「魔力測定不能! 山を丸ごと破壊しているぞ!」
「逃げろ! 奴から逃げ――」
その声は、いかなる爆発よりも恐ろしい静寂によって断ち切られた。
――ドーン!
アリスの目の前にある厚さ三十センチの鉄扉が、木っ端微塵に吹き飛んだ。強固な金属が、まるで引き裂かれた紙のように捻じ曲がる。塵とコンクリートの破片が舞い上がったが、不思議なことに、アリスには欠片一つ当たらなかった。透明な紫色の障壁が、彼女を優しく守っていたからだ。
破壊された入り口に、彼女は立っていた。
フロスティーヌ。
彼女が自ら引き起こした魔力の嵐に、紫色の髪がなびいている。狐耳は逆立ち、尾は死の影のように揺らめいている。だが、何よりも恐ろしいのはその瞳だった。紫の瞳孔からは、見る者の魂を凍てつかせるほどの冷たい光が放たれている。
フロスティーヌの足元の床は、濃密すぎる魔力圧によって溶け始めていた。周囲の壁は、彼女がそこに存在するだけで亀裂が入り、崩落していく。
「お……お姉様?」アリスが囁いた。
フロスティーヌが足を踏み入れる。一歩ごとに、地下施設全体が崩壊の前兆のように軋んだ。だが、枷に繋がれたアリスの姿をその目に捉えた瞬間、魔力の嵐は唐突に静まった。
フロスティーヌはアリスの前で膝をついた。震える手――恐怖ではなく、抑えきれない怒りゆえの震え――が、アリスの首輪に触れる。魔法を唱えるまでもなく、その金属は瞬時に塵となって崩れ落ちた。
「アリス……」その声は掠れ、堪えていた感情が溢れ出していた。
フロスティーヌはアリスを抱きしめた。ジャスミンの香りと、安らぎを与える冷たい空気がすぐにアリスを包み込む。先ほどまで窒息しそうだった魔力圧は、世界で一番安全な、温かな抱擁へと変わっていた。
「お姉様が来たわ、いい子ね。ごめんなさい……遅くなって」彼女はアリスの耳元で囁いた。
アリスはフロスティーヌの肩に顔を埋め、ようやく涙を零した。「お姉様が絶対に来てくれるって、アリス分かってたもん……。怖くなかったよ……」
背後では、ヴァルン教授が瓦礫の中から這い出そうとしていたが、ルファスがすでにその背中を踏みつけて立っていた。ルファスは問いかけるような視線をフロスティーヌに向ける。
「このゴミ共はどうすればいい、フロスティーヌ?」ルファスが気だるげに、だが致命的な声音で尋ねた。
フロスティーヌはアリスを抱き上げ、その手で妹の小さな目を覆った。
「この場所を、二度と世界の地図に載らないようにして、ルファス」フロスティーヌは冷酷に命じた。「明日の朝日を拝める者を、一人も残さないで」
ルファスが口角を上げた。「喜んで」
フロスティーヌは崩壊し始めた施設を後にした。氷と破壊に満ちた廊下を、アリスを抱いて通り抜ける。外に出ると、オークウェルの空は完全に深い紫色に変貌していた。まるで世界全体が、アークデモンの怒りに喪服を着せられたかのように。
アリスは目を閉じ、再び姉の腕の中で眠りについた。次に何が起きるのか、彼女は見る必要がなかった。ただ一つ、分かっていることがある。お姉様と一緒にいれば、世界はいつも大丈夫なのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
この物語の世界やキャラクターを少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも少しずつ更新していきますので、よろしければブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
今後ともよろしくお願いします!




