第18話 ― 霧と、広がる噂
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《永遠の森》の境界で起きたあの事件から三週間。だが、その恐怖の残響は一向に収まる気配がなかった。紫の霧の向こう側に「何か」が潜んでいるという噂は、ヴァルトラの冒険者たちの間で疫病のように広まっていった。グリファたちのパーティーは、不本意ながらも注目の的となってしまう。酒場『古びた酒杯』に彼らが足を踏み入れるたび、喧騒は詮索好きな囁きへと変わった。
「本当にあの『紫の瞳』を見たのか?」と、あるベテラン冒険者が疑わしげに尋ねる。
「馬ほどもある白い狼だぁ? 森のキノコの胞子でも吸いすぎたんじゃないのか」と別の者が、自分たちの不安を隠すように無理やり笑い飛ばした。
グリファは答えるのも億劫になり、結露したエールのグラスをじっと見つめた。あの記憶を否定することなどできない。あの紫の瞳――冷静で、無機質で、それでいて絶対的な支配の威圧を放っていた。あの存在は、自分たちを飢えた捕食者のようには見ていなかった。庭に迷い込んだ小さな羽虫を眺める支配者のように、彼らを見ていたのだ。
冒険者ギルドの広間では、さらに激しい議論が交わされていた。
太った体に蓄えた白い髭を震わせ、ギルドマスターのグロムが机を叩く。
「もう放置できる段階ではない! モンスターの移動報告が止まらんのだ。下位の魔物が逃げ出す一方で、上位の捕食者どもが何かに呼ばれるように森の中心部へ集まっている」
「大規模な遠征軍を送るべきです!」銀の甲冑に身を包んだ騎士団長が叫ぶ。「街が襲われる前に、この脅威を排除するのです!」
グロムは苦々しく笑った。
「……ですが、今回は違います」
グリファの声が静寂を破った。彼は立ち上がり、グロムを真っ直ぐに見据える。
「上位の龍……あそこにいる脅威は、もはやそれだけではありません。あの森には新たな支配者がいます。災厄さえも手なずける、何者かが」
外の世界が不安に揺れる一方で、ダンジョンの中は対照的な平穏に包まれていた。
アリスはますますリルに懐いている。毎日、昼下がりになると冷たい通路にはアリスの笑い声が響き渡り、二人は追いかけっこをして遊んでいた。忠実なスライムのピップも、リルの白い背中の上で楽しげに揺れていた。
ルファスはいつものように、涼しい大理石の床に寝転がって過ごすのを好んでいた。だが、時折その耳がぴくりと動き、黄金の瞳がわずかに開いて、ダンジョンの入口の方を伺っていた。
「何か気になることでも、ルファス?」とフロスティーヌが尋ねた。
ルファスはどこか冷ややかな、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「人間たちよ……最近、森の境界あたりで彼らの足音が騒がしくなってきたわね」
「最悪の事態に備えるべきかしら?」
ルファスは首を横に振り、長い耳飾りを微かに鳴らした。
「放っておけばいいわ。恐怖は最高の防壁よ。あいつらが私たちの手の届かない場所に留まってくれる理由になるもの」
フロスティーヌは頷いた。けれど、心のどこかでは、いつかかつていた世界と今の新しい生活が衝突する日が来ることを予感し始めていた。
「フロスティーヌお姉様!」
アリスの声が思考を遮った。彼女は満面の笑みで駆け寄ってくる。
「アリスにまたお料理を教えて! 今日はアリスが、お姉様とルファスにお夕飯を作るの!」
フロスティーヌは口元が緩むのを感じた。いつもよりも、ずっと温かな微笑み。
「ええ、いいわよ。台所へ行きましょうか」
その夜のヴァルトラ。グリファは客の少なくなった酒場で独り、答えの出ない問いを投げかけていた。
(……お前は一体、何者なんだ?)
ダンジョンの奥深く。フロスティーヌは玉座に静かに座っていた。
アリスは片腕でウサギのぬいぐるみを、もう片方でフロスティーヌの人形を抱いて眠りについている。リルはアリスのベッドを守るように丸まり、ピップはリルの柔らかいお腹の上で静かに眠っていた。
ルファスは部屋の隅で、ボルドーのドレスを床に広げ、黒髪を無造作に、けれど美しく散らして横たわっている。規則正しい寝息と、鼓動に合わせた耳飾りの揺れ。
フロスティーヌの指先に灯った小さな火が踊り、彼女の紫色の瞳に光を映していた。
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