第17章:不運な冒険者
憐れな冒険者たち
商業都市ヴァルトラ。
オーレリアン王国の玄関口とも呼ばれるその街は、昼夜を問わず冒険者や商人で賑わう活気にあふれた場所だ。だが、最近の酒場の空気はどこかどんよりと重い。
「……また《永遠の森》か」
誰かが零したその言葉に、周囲の冒険者たちが一斉に視線を逸らした。かつては財宝や武勇伝が語られた場所で、今はただ一つの不吉な名前だけが囁かれている。
薄暗いギルドの片隅。ミスリル級パーティーのリーダー、グリファは、テーブルに広げた地図を苦々しく見つめていた。
「おい、本当にあそこに行くのかよ?」
偵察職のレユスが、落ち着かない様子で短剣を弄ぶ。
「最近のあの森、様子がおかしいんだろ? 弱い魔物が外に逃げ出してくる一方で、ヤバい連中がどんどん奥に引き寄せられてるって話だ。まるで、中に何か恐ろしい『餌』でもあるみたいにさ」
「だからこそ、ギルドは調査を命じたんだ」
グリファが重々しく口を開く。その横で魔術師のルロールが、青ざめた顔で付け加えた。
「……あるいは、あの龍を刺激する何かが起きたのか。どちらにせよ、まともな状況じゃないわ」
三日後。
彼らを迎えたのは、《永遠の森》特有の、ねっとりとした紫色のマナの霧だった。
「……気味が悪いな。魔物の気配がさっぱりしない」
二時間ほど森を進んだレユスが、喉を鳴らして呟く。
ルロールは探知魔法を展開したまま、ガタガタと膝を震わせていた。
「マナが……ぐちゃぐちゃよ。まるで、とてつもない力で森全体が塗り替えられたみたい……」
そこにあったのは、もはや彼らの知る森ではなかった。
地面は巨大な爪で抉られ、古木は不自然に黒く焼け焦げている。
――カサリ。
乾いた音が響き、三人は心臓が止まるかと思うほど硬直した。
樹々の影から姿を現したのは、一頭の白い狼。
馬ほどもある巨体、銀色に輝く毛並み。その青い瞳には、明確な「知性」と「敵意」が宿っていた。
「待て、動くな! 刺激するな!」
グリファの声が震える。
その狼――リルは、襲いかかる素振りさえ見せなかった。ただ、ゴミでも見るような冷ややかな目で彼らを一瞥すると、森のさらに奥へと視線を向けた。
その視線の先。暗闇の中に、ゆらりと紫色の光が二つ灯った。
冷徹で、圧倒的で、触れることさえ許されない強者の瞳。
「ひ、退くぞ……!」
グリファは叫び、なりふり構わず走り出した。
もはやプライドなどどうでもよかった。あの瞳に見つめられた瞬間、生存本能が「逃げろ」と脳内で絶叫していたからだ。
静寂に包まれた洞窟の中。フロスティーヌは玉座に深く腰掛けていた。
リルからの念話を受け取り、彼女はふっと鼻先で笑う。
「いいわ、放っておきなさい。境界を越えなかっただけ、彼らは賢かったわね」
戻ってきたリルは、満足そうに尾を一振りすると、眠っているアリスの横で丸くなった。ピップもその毛並みに埋もれて、幸せそうに縮んでいる。
柱に寄りかかっていたルファスが、黄金の瞳を半分だけ開けてこちらを見た。
「人間?」
「ええ。ただの好奇心旺盛な冒険者。リルを見て、腰を抜かして逃げていったわ」
フロスティーヌは肩にかかった紫色の髪を指先で整えながら、あっけらかんと答える。
ルファスは可笑しそうに唇を吊り上げた。
「賢い選択ね。あんな弱そうなの、食べてもお腹の足しにもならないし」
フロスティーヌは小さく微笑み、指先に小さな火を灯した。
外の世界がざわつき始めているのは分かっている。だが、この「家」が温かく、アリスの寝顔が守られている限り、彼女にはそれで十分だった。
《永遠の森》で無知を晒すのは自由だが。
その代償は、時として命よりも高くつく。
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