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第15章:翼と夜空

この作品を見つけていただきありがとうございます。お楽しみください。

第15話 ― 翼と夜の空

その朝、鏡の前の儀式はいつもより少しだけ長くかかった。

鏡に映る自分の姿を見て、私は小さく息を吐く。**紫色の長い髪が少し乱れている。何本かの毛先が、九本の尾に絡まっていた。**昨夜、尾が温かく私を守るように丸まっていたせいだ。私は指先で一房ずつ髪を梳き、丁寧に整えていく。右目を覆う前髪を横に流し、完璧な自分を確認した。

ぴくり、と。

頭頂部の狐の耳が動く。部屋の外からアリスの無邪気な笑い声が聞こえてきた。どうやらリルと遊んでいるらしい。私の口元に、冷静で制御された微笑みが浮かぶ。今日は、以前からずっと気になっていた「あること」を試すつもりだった。

朝食後のひとときは、このダンジョンで最も温かな時間だ。

ルファスは優雅に、けれどあっけらかんとした様子で食事を平らげ、アリスは楽しそうにリルへ肉を差し出している。ピップはその間を飛び跳ね、まるで会話に加わっているかのようだ。

私は玉座に座り、背筋を伸ばしてシステム画面を呼び出した。以前から目星をつけていたスキルカテゴリーを開く。

【スキル:飛行(アクティブ制御)】

(マナを翼へ流すことで飛行を可能にする。制御と想像力に依存する)

価格:2500 DP

私は迷わずボタンを押した。直後、紫がかった光の粒子が私の体に吸い込まれていく。空中で体重を支えるための、新しい本能が目覚める感覚。

「新しいスキルを買ったの?」

低く、けれど透き通った声に振り返る。ルファスが黄金の瞳を輝かせ、面白そうに私を見ていた。

「飛行よ」

「やっぱりね」ルファスはニヤリと笑った。「アンタの目は誤魔化せないわよ。窓のそばに立つたび、寂しそうに空を見ていたもの」

図星を突かれ、私は言葉を失った。この龍は、思っていた以上に私を観察しているらしい。

「練習したいんでしょ? 翼を出しなさいよ。今すぐやってみるわよ」

私たちは《永遠の森》を見下ろす断崖へと向かった。遠くには、紫のマナの霧に浮かぶ浮遊島が、眠れる巨人のように鎮座している。私は深く息を吸い込み、集中した。今まで仕舞い込んでいた属性を解放する。

背中から、漆黒の翼が大きく広がった。夜の闇をそのまま切り取って縫い合わせたような、美しくも力強い翼。

「綺麗ね……」ルファスが感嘆の声を漏らす。「星のない夜空みたい」

「それは私の台詞よ、ルファス」

「これからは私の台詞でもあるわよ」ルファスは悪戯っぽく笑い、「さあ、羽ばたいてみて。その翼を自分の魂の延長だと思いなさい」

目を閉じ、マナを背骨から翼の先まで送り込む。血が巡るような熱い拍動。一度、二度と羽ばたくと、つま先が地面を離れた。

「私……飛んでいるわ」

信じられない思いで呟き、私はさらに強く羽ばたいた。霧の層を突き抜け、上昇する。風が顔を叩き、髪と狐の耳を翻す。自分でも驚くほどの、純粋な歓喜の声が漏れた。

だが、最高到達点に達した瞬間、不意に眼下の景色が目に入った。

《永遠の森》が、紫の絨毯のように遥か遠くに見える。その高さに、心臓が握り潰されるような恐怖を感じた。

マナの制御が途切れる。

「――っ!」

翼から力が抜け、私の体はバランスを崩して真っ逆さまに落ち始めた。

「フロスティーヌ!」

刹那、赤い影が閃いた。ルファスが魔法の翼を展開し、猛烈な速度で追いかけてくる。悲鳴を上げる間もなく、冷たくも力強い腕が私の腰を抱き寄せた。

空中で静止する。私は荒い息をつきながら、ルファスのボルドーのドレスを震える手で掴んでいた。

「バカね」

ルファスが耳元で囁いた。声には怒りが混じっていたが、確かな安堵の色もあった。

「ここから落ちたら、粉々になってたわよ」

私は言葉を返せず、ただ彼女の肩に頭を預け、龍から漂う落ち着いた冷気を感じていた。

洞窟のテラスに降り立つと、足から力が抜けた。ルファスは腕を離したが、私が倒れないようすぐ側に立っていてくれた。

「基本を覚えるまで、今のみたいな無茶は禁止よ」

風で乱れた黒髪を整えながら、ルファスが小言を言う。

「……約束するわ。助けてくれて、ありがとう」

私が素直に礼を言うと、ルファスは「ふん」と鼻を鳴らして顔を背けた。

「もう落ちないでよね。何度も追いかけるのは面倒なんだから」

私は苦笑した。

この場所には星が見えない。けれど、心細い時に受け止めてくれる手がここにある。それはどんなスキルよりも、価値のある魔法だった。

その夜、心配そうに駆け寄ってきたアリスたちを宥め、私は再び玉座に座った。指先で小さな火を灯し、明日の練習を思い描く。

星のない夜空の下。

けれど、私の「星」たちはこの家の中にいる。

私は完璧に整った前髪を指でなぞり、静かに微笑んだ。明日はもっと上手く飛べるはずだ。私を捕まえてくれる存在が、すぐ側にいるのだから。

少しでもこの物語の世界観や登場人物たちを楽しんでいただけたら嬉しいです。 お立ち寄りいただきありがとうございました。

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