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第10話 ― ありふれた日々、かけがえのない家

こんにちは、ascalonfireです。この物語を楽しんでいただければ幸いです。ありがとうございます。

第10話 ― ありふれた日々、かけがえのない家

アリスがこのダンジョンに足を踏み入れてから、一週間が過ぎた。時間は飛ぶように過ぎ去ると同時に、どこか永遠のように緩やかにも感じられた。毎朝のルーチンは変わらない。鏡の前で紫色の髪を整え、前髪の端まで完璧に仕上げ、制御された微笑みを確認する。けれど、玉座の間の空気は少しずつ、確実に温かなものへと変わりつつあった。

その日の朝、アリスは私よりも早く目を覚ましていた。

私が目を覚ますと、彼女はすでにピップの隣に座り、楽しそうに笑っていた。スライムが膝の上で跳ねるたびに、かつては怯えていた少女の口から、今では屈託のない笑い声が零れる。

私は立ち上がり、大きな鏡の前へ向かった。指先で髪を一筋ずつ梳き、体に染み付いた動作で身なりを整える。振り返ると、アリスが澄んだ瞳でこちらを見つめていた。

「おはようございます、フロスティーヌお姉様」

「おはよう、アリス」

自然と口から出た「お姉様」という響きに、胸の奥がわずかにくすぐったくなる。

今回の朝食はいつもと少し違った。アリスが手伝いたいと言い出したのだ。私は彼女に野菜の切り方を教えた。不揃いでも構わない。スープに入れるための、一口大のカット。アリスの手つきはまだぎこちなかったが、その眼差しは真剣そのものだった。

「これで、合ってますか……?」

不格好な人参を差し出す彼女に、私は心からの笑みを向けた。

「ええ、完璧よ」

彼女の顔が、誇らしげにぱっと輝いた。

そこへ、寝ぼけ眼のルファスが姿を現す。少女が包丁を握っているのを見て、白龍は足を止めた。

「今日はアリスが作ったのかしら?」

アリスは照れくさそうに頷く。「お手伝いをしただけですけど……」

ルファスは私をちらりと見てから、アリスに笑いかけた。「いいわね。子供が作った料理っていうのは、一番正直な味がするものよ」

アリスは楽しそうに笑い、ルファスも満足げに鼻を鳴らした。私はそんな二人を見て、無意識に口角が上がるのを抑えられなかった。

朝食後、修練は深層の通路で続けられた。アリスとピップは玉座の間で待機だ。修行場のマナの濃度は、子供にはまだ毒が強すぎる。

静寂に包まれた石室で、私は背筋を伸ばして座した。

「壁を作りなさい」

ルファスの命に従い、私は目を閉じる。床から天井までを遮断する、巨大な炎の障壁をイメージする。マナが激流となって溢れ出し、目を開けた瞬間、高さ二メートルの火壁が目の前に屹立した。

「いいわ。そのまま維持しなさい」

五分が過ぎ、集中が削れると共に炎が揺らぎ始める。火が消えると同時に、私は長く息を吐き出した。

「明日は水の操作を教えるわ」

「水なら、もう出せるけれど」

「ただの液体じゃないわ」ルファスの口角が不敵に上がった。「『氷』よ」

私は沈黙したが、胸の奥で好奇心が疼くのを感じた。

玉座の間へ戻ると、アリスが満面の笑みで迎えてくれた。

「お姉様、おかえりなさい!」

私はその金色の髪を優しく撫でる。「ええ、ただいま」

夕暮れ時、ダンジョンの石壁に囲まれた空間は、太陽の光が届かずともどこか暖かかった。アリスは窓代わりの隙間のそばでピップと遊び、私は玉座で足を組み、その光景を見守る。ルファスは床で尻尾を揺らしながら、まどろんでいた。

「フロスティーヌお姉様……」

アリスが不意に私を呼んだ。

「どうしたの?」

「アリスも……何か、お勉強できますか?」

彼女はうつむき、ピップをぎゅっと抱きしめた。「お姉様のお手伝いがしたいんです。今朝のお料理みたいに、何でも」

私は一瞬、言葉を失った。無意識にこめかみの髪に触れる。

「アリスはまだ小さいわ。重荷を背負う必要なんてないのよ」

「でも……」

「でも」私は彼女の言葉を遮るように、優しく続けた。「部屋の整え方や、お料理のことなら――いくらでも教えてあげるわ」

アリスの瞳に光が戻った。「本当ですか!?」

私が頷くと、彼女はこの一週間で一番大きな笑顔を見せた。

ルファスが目を開けずに呟く。「あの子、本当に幸せそうね」

「起きていたの、ルファス?」

「龍の耳は、いつだって起きてるわよ」

《永遠の森》に、静かな夜が降りてくる。

アリスはピップを添い寝させて深い眠りにつき、その顔にはもはや恐怖の影はない。ルファスの寝息が広間に響く。

私は独り、玉座に座っていた。

戦いもなく、血の匂いもなく、脅威もない「ありふれた日々」。それが、どんな栄光よりも価値のあるものだと、今の私は知っている。

手のひらに、小さな灯火をともす。それはまるでお喋りな旧友のように、優しく揺れていた。

私は火を消し、乱れてもいない髪を一筋だけ整えた。

明日は、アリスに料理の続きを教え、ルファスから氷の魔法を教わり、ピップと戯れるだろう。

外の世界がどれほど冷たく危険だとしても、この場所には「家」がある。


この物語の世界観やキャラクターを少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。これからもゆっくり更新を続けていこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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