最終話:灯りは、消えない
翌朝。扉を叩く音は三回。
いつも通り。
「起床。水分を」
白湯。
灯り。
台所の鍋の音。
私はベッドから起き上がり、息を吸って——胸の奥を確かめた。
昂りは、ある。
でも、暴れない。
温かいまま、収まっている。
机の上の日記を開く。
昨日の私の字が、ちゃんと読める。
『今日、契約が変わった。私は、私でいていい』
涙が出そうになって、私は白湯を飲む。
泣くのは昂りじゃない。
そう思えるくらいに、今の私は落ち着いている。
「ユイ」
朝の呼び名。
私は笑って頷く。
「おはよう、レオン卿」
「……レオンでいい」
一瞬、心臓が跳ねる。
でも、上限を超えない。
灯りが、スープが、呼吸が支えてくれる。
「レオン」
呼ぶと、彼は少しだけ目を細めた。
それだけで十分だった。
言葉は多くなくていい。
窓を開けると、冬の終わりの冷たい風が入る。
でも、毛布が肩に掛かる。
私が震える前に。
「外、行きますか」
「うん。市場の蜂蜜菓子、また食べたい」
「糖分は、気分が上がる」
「上がりすぎなければ、いいんでしょ?」
私が言うと、彼はほんの少しだけ、口元を緩めた。
——私たちは、恋を“しない”で生きるために始めた。
でも今は、恋を“しても壊れない”暮らしを選べている。
神殿の正論が完全に消えたわけじゃない。
国の制度も、私の呪いの名残も、きっと残る。
それでも。
今日の私は、今日の私のまま、明日へ行ける。
灯りは、毎朝ともる。
スープは温かい。
呼び名がある。
距離は正確で、安心できる。
私はふと思う。
失いかけたからこそ、今ここにある小さなものが、輪郭をくれたのだと。
(後書きのような一段落)
物語の中の灯りは、ページを閉じてもすぐには消えません。
あなたが今日を終えて、また明日を始めるとき。
机の上の小さな光や、湯気の立つ飲みものや、誰かの短い「おはよう」が、
ほんの少しだけ呼吸を深くしてくれますように。
そして、あなたの“あなたでいられる範囲の温度”が、今日も守られていますように。




