第7話:契約の書き換え
神殿の地下書庫は、冷たい。
司祭長の正論が、壁に染みている気がした。
「呪いは制度です。個人の願いで壊せない」
司祭長はそう言いながらも、私たちを止めなかった。
止められないのだ。
なぜなら、レオン卿が“神殿の規則”の中で最短の道を見つけてしまったから。
「契約の条文に“例外”がある。——書庫管理者の承認があれば、条件の再定義が可能」
レオン卿は淡々と読み上げる。
私は震えないように手を握り、彼の声を固定点にした。
「条件の再定義?」
「恋をしたら消える、ではなく——“昂りの上限”を上げる。記憶の書庫に“保護札”を付ける」
司祭長が眉を寄せる。
「それは制度の骨を折る。国の安全弁が緩む」
「代替案を提示します」
レオン卿は一枚の紙を差し出した。
「結衣の記憶喪失は“情報漏洩防止”ではなく“自己保護”として機能している。国の安全弁は、別制度で補強可能。——こちらの方が合理的だ」
正論に、正論を重ねる。
司祭長は黙った。
筋が通っている。冷たいのに、優しい筋だ。
最後に司祭長は言った。
「……契約を結ぶ当人の意思を確認します。結衣殿。あなたは“恋をする可能性”を残しますか」
私は息を吸って、吐く。
昂りを整える。
そして、静かに言った。
「残します。恋を、しなければ生きられないんじゃない。
でも、恋を“してはいけない”と決められた人生は、私の人生じゃない」
司祭長の目が、少しだけ柔らかくなる。
正論の人にも、感情はあるのだと知る。
契約の儀式は、灯り一つの小さな祭壇で行われた。
私は札に手を置く。
レオン卿も同じ札に、触れない距離で手を置く。
「“恋”の定義を変える。——言葉ではなく、生活で守る」
レオン卿が言う。
「結衣が結衣でいられる範囲の温度。脈。呼吸。
その範囲でなら、心は自由だ」
私は頷く。
そして、小さく答えた。
「……レオン卿、私、たぶん、もう」
言葉にすると危ない。
だから、言わない。
代わりに、彼の差し出した手袋を受け取り、指先だけで握った。
触れないのに、伝わる。
行動で選ぶ。
恋を言葉にしないまま、恋の形を守る。
契約の灯りが、ふっと強く揺れた。
怖くない。
固定点があるから。
(つづく:最終話「肯定」)




