割れ鍋に綴じ蓋
倫理観は全くないです。
人によっては残酷表現があると感じるかもしれないので、ご注意ください。
あなただけには、罵って欲しかった。
思い切り軽蔑して、罵倒して欲しかった。
だって、もしこれが許されたら、私は。
あなたから、離れられなくなってしまうから。
◇
何処にでもありそうな、黒いボタンを深く押し込む。
ピンポーン、と気の抜けた音がなった数秒後には扉が開いて、部屋の主が顔を出した。
「こんな時間にどしたの?しろ」
一ノ井真白という私のフルネームを、なぎちゃんはしろ、と縮めて呼ぶ。
私の方も、八重津渚、という彼女のことを、なぎちゃんと呼んでいる。
中一の頃から八年の付き合いだけれど、呼び方はずっと変わっていない。
「ま、入りなよ。ちょうど片付けたとこなんだよね。一人暮らしだと、まぁあんま物なくてちらかんないけど……でもしろは持ち物多いし、片付け下手だし、大変でしょ」
「んー……まぁ色々あって、ね。てかさ、対戦ゲーム持ってきたの、一緒にやろ」
最後のひと言で私をさりげにディスってきたなぎちゃんを小突きつつ、私は軽く会釈して玄関に入った。
大丈夫だっただろうか。
声は、震えていなかっただろうか。
なぎちゃんは勘がいいから、何かあったことには、きっと気づいている。
どうしよう、言わないと。
私はマンションの駐車場に停めてある車に入った、少々イレギュラーな物体を思い浮かべる。
「あ、あのさ」
声を震わせ、私は恐る恐る切り出した。
「ん?何ー?」
にっこり振り向く彼女はきっと、これから告げられる言葉の重さを、予測してないんだろう。
今から多分、この顔が思い切り歪む。
そしたら多分私は嫌われて、思い切り軽蔑される。
そうでないといけない。
だけど、これを最初に話す相手が警察官だなんて嫌だから。
これっきりの付き合いになるであろうその愛しい顔を目を細めて見つめながら、私は意を決して言葉を発した。
「……わ、私、人殺したんだよね」
言った。
言ってしまった。
これから多分警察を呼ばれて、逮捕されて。
そして、なぎちゃんに嫌われる。
あぁ、嫌だなぁ。
だけど、それほどのことをした。
ずっと憎くてたまらなくて、例えあちらが殴ってきたとしても、相手も人間だから、未来があって。
殺しは本当に重い罪だから、彼女に嫌われるのも仕方がない。
あぁ、何を言われるんだろう。
最低、人でなし、それよりもっとひどいかもしれない。
私が心臓をバクバクさせながら待っていると、なぎちゃんは一瞬その瞳を震わせたかと思うと、その口を開いた。
「飲み物さ、麦茶でいいよね?」
「へ?」
予想もしていなかった言葉に、思わず呆けた間抜けな声が出る。
飲み物、ってことはつまり。
家に招き入れるってこと、だよね。
私を。
困惑する私をよそに、なぎちゃんは明るく続けた。
「ほら、あがりなよ。いつまでそこに立ってるの」
「ちょ、なぎちゃん」
「対戦ゲーム持っていたんでしょ?テレビ繋げてさ、一緒にやろ」
「なぎちゃん」
「しろが持ってくるゲーム、いつも面白いからさ、楽しみだわ。やったことある?難しい?私できるかなー」
「なぎちゃん!!」
三回目でなぎちゃんはようやく口を閉ざし、ニコリと笑った。
いつも通りのその顔が、逆に恐ろしくて、でも普段と同じに最高級に可愛くて愛しかった。
「聞いてなかったわけじゃないよ?」
「え……」
「ちゃんと聞こえてた。なかったことにして流すつもりもない」
なぎちゃんはスリッパでペタペタと歩み寄り、玄関にへたり込んだ私に、しゃがんで目線を合わせた。
まつ毛が触れそうなほどの近距離で見る顔もやっぱりきれいで、一ミリの動揺も嫌悪もない瞳は、少し怖かった。
なぎちゃんは最高の笑顔で、明るく言った。
「私も一緒に背負うから、さ……」
なぎちゃんはそのまま立ち上がり、私を通り過ぎて玄関の脇の戸棚を漁ったかと思うと、スコップを取り出し、カン、と玄関に立てかける。
「……夜が更けたら、一緒に埋めに行こ。二人だし、すぐだよ」
なぎちゃんはしゃがみ込み、私に正面から抱きついた。
私も、ゆっくりと抱き返す。
「それまで、ゲームでもする?あ、でも埋めると上から桜生えてきちゃったりするのかな、なんて。じゃ、海に流す?でもやっぱ埋める方がいいよねぇ」
喋り続けるなぎちゃんの腕のなかで温もりを感じながら、私は少し後悔していた。
あぁ、ここに来るべきでは。
話すべきでは、なかった。
一緒に背負った、二人の罪。
正真正銘の墓場までの秘密で、約束。
笑顔でそれを一緒に背負うと言ったなぎちゃんを、怖いと思いつつも愛おしく思った時点で、私も相当なものなんだろう。
「そうだね。二人で、埋めよ」
私は目を細め、心の底から愛おしいその顔を見つめた。
閲覧ありがとうございました。
続編書こうか迷い中です。




