表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の輪郭  作者: 雨香
序章・第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/46

ep8 黒雨の記憶

 ――黒い雨が降っていた。


 識が意識を取り戻した場所は、先ほどまでいた記憶の村ではなかった。

 赤黒い空、瓦礫の山、そして地面を覆う黒い水。

 世界そのものが“呼吸”をやめたような沈黙が満ちている。


 「……ここは、どこだ。」


 導標が微かに震え、虚空に光の文様を浮かべた。


 > 《警告:この領域は“記録外”。世界にも、記憶にも属しません。》


 「記録外……?」


 識は周囲を見渡した。

 視界の端で、黒い水の中から泡が浮かび上がる。

 次の瞬間、水面が裂け――白い手が伸びた。


 「――ッ!」


 飛び退いた識の足元を、黒水が噛むように絡みつく。

 まとわりつく冷たさは、皮膚ではなく“魂”を侵す感覚だった。


 > 「逃げられない。」


 声が響いた。


 瓦礫の上、黒水を纏った影が立っていた。

 背丈は人と同じ。だが、顔はなく、輪郭が揺れている。

 “ナニカ”になりかけた存在――いや、違う。

 識の背筋が凍る。


 「……お前、さっきの“影の記録者”とは別の……?」


 影は首を傾げ、人の真似をするように指を胸に向ける。


 > 「ワタシは“はじまり”。」


 「はじまり……?」


 影が一歩進む。

 そのたびに地鳴りが起こり、黒水が泡を吹く。


 > 「“忘れられたモノ”が生まれたとき、最初に捨てられる記録。それがワタシ。」


 識の胸が締めつけられた。

 “真名”――リセル。

 その名を知ったことで、世界の奥深くに隠された“禁忌の層”が露出したのだ。


 導標が警告音を発する。


 > 《危険:対象は“統合前記録”。

  世界で最初に忘れられる“名の残響”に分類されます。》


 「名の……残響……?」


 影は手を伸ばす。

 指先から黒水が滴り、地面を焼いた。


 > 「名は、最初に叫ばれる。そして忘れられる。

   その“忘れられた瞬間”だけが、ワタシたちの記録。」


 識は導標を構える。


 「……リセルの“名”を奪ったのも、お前たちか。」


 影はゆらりと揺れ、まるで笑っているように見えた。


 > 「奪ったのではない。世界が“そうさせた”。彼女の名は――世界にとって“不都合”だった。」


 「不都合……?」


 影が両手を広げた。

 黒水が波のように盛り上がり、識の周囲を囲む。


 > 「“リセル”は世界の根幹に触れた名。

   再び思い出されれば、忘却の均衡は

   崩壊する。」


 識は叫ぶ。


 「だからって、忘れさせていいわけがないだろ!」


 導標が強く輝く。

 光が黒水を押し返し、波紋のように広がる。


 > 《術式展開:記録干渉・第二段階》


 光が識の周囲を旋回し、記憶の断片を集めて形を作り始める。

 幼いリスの笑顔、壊れた木の人形、村の夕焼け――

 それは彼女の“名”を確かに示す記憶だ。


 影が低く唸る。


 > 「名を結ぼうとするのか。

   この世界が拒む“真名”を。」


 識は一歩踏み出し、光を影へ向けた。


 「……リセルは、自分で“リス”と名乗った。それを消す権利は誰にもない。」


 影が黒水を掲げ、槍のように伸ばす。


 > 「ならば証明しろ。

   その名が“存在する価値”を。」


 黒い槍が識に向かって飛ぶ。

 識は導標を構え、光の壁を展開した。


 衝突。

 世界が震え、黒水が跳ね上がり、空に裂け目が走った。


 「ぐっ……!」


 腕が痺れ、膝が折れる。

 だが導標は折れない。

 光はまだ残っている。


 影が続けざまに槍を生成しながら呟く。


 > 「名を結ぶ者――識。

   お前の師、綾も同じことを言った。」


 識の心臓が跳ねる。


 「……師匠も、この“記録外”で戦ったのか?」


 影は答えず、ただ腕を広げた。


 > 「世界は繰り返す。

   名を結ぶ者が、世界を乱す。

   だから――忘れられねばならない。」


 黒水が渦を巻き、巨大な影の手となって識を掴みに来る。


 「くそっ……!」


 識は導標を逆手に持ち、心の奥に呼びかけた。


 ――リセル。

 君の名を、思い出すために。


 光が爆ぜ――

 識の身体は黒水の渦に飲み込まれた。


 最後に聞こえたのは、微かな少女の声。


 > 「識……来ないで。

   私の“名”は、あなたを傷つける。」


 その言葉を残して、世界は完全に闇へと沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ