ep59 消えた記録跡
白い。
ただ、白かった。
空も、大地も、境界すらも。
何も書かれていない紙のような世界の中で、静かな風だけが吹いている。
そこには音も、影も、記憶もない。
ただ、まだ“始まっていない”だけの場所。
やがて、その白の中に、わずかな色が滲み始めた。
空が青を取り戻す。
地面に形が生まれる。
遠くに街の輪郭が浮かび上がる。
ゆっくりと。
まるで誰かが、世界を一から描き直しているかのように。
家が建ち、道ができ、川が流れ始める。
人の姿が現れる。
笑い声が生まれる。
けれど、その誰もが――何も覚えていない。
かつて世界が崩れかけたことも。
忘れられたモノの存在も。
発見者という役目も。
すべてが、最初から存在しなかったことになっていた。
街の広場では、子どもたちが走り回っている。
商人が店を開き、パンの香りが漂う。
穏やかな朝。
普通の一日。
どこにも影の戦いの痕跡はない。
すべてが、完全に“初期状態”へ戻っている。
遠くの空で、風が揺れる。
その風の中に、ほんの一瞬だけ、何かが混じった。
紙の擦れる音。
ペン先が走る音。
だが、それに気づく者はいない。
世界はもう、何も覚えていないのだから。
ただひとつだけ、奇妙なことがあった。
街外れの古い石橋の下。
川の流れのそば。
そこに、細い青い糸が落ちていた。
誰かの物でもなく、ただ静かに水のそばに置かれている。
朝の風が吹く。
糸が、わずかに揺れる。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、青い光が走った。
すぐに消える。
誰にも見られないまま。
世界は、何事もなかったかのように動き続ける。
城の中では、役人たちが新しい書類を整理している。
学校では、子どもたちが文字を習っている。
旅人が街へ入り、店主が挨拶を交わす。
どこにも影はいない。
忘れられたモノも存在しない。
発見者もいない。
世界は、ただの平和な世界になった。
けれど。
石橋の下の青い糸は、消えていない。
その糸は、風に揺れながら、まるで“何かを待っている”ようだった。
やがて、遠くで鐘の音が鳴る。
朝を告げる鐘。
その音が街全体に広がる。
そして、世界は静かに――
新しい物語の始まりへと向かっていった。
作者の一言
11時なので健康的な時間ですね。第二期作るかは未定です




