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忘却の輪郭  作者: 雨香
第3章

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ep56 書き直せないもの

 夜の街は、静かすぎた。


 人はいる。


 灯りも点いている。


 けれど、どこかが抜け落ちている。


 会話が、少しだけ噛み合わない。


 名前を呼ぶ間が、わずかに空く。


 世界はもう、削られ始めている。


 三つ目の空白は、遠くで立っている。


 ただ立っているだけで、周囲の輪郭が薄くなる。


 存在そのものが、消去の圧力。


 繋は、青い糸を指に巻きつける。


 細い。


 だが、切れない。


 胸の奥に、白紙の感触がある。


 あの最後の一枚。


 何も書かれていなかったページ。


 「……書き直す力、ね。」


 綾が隣に立つ。


 「試せる?」


 繋は頷く。


 地面に、指で線を描く。


 青い光が走る。


 さきほど三つ目の空白に削られた壁の一部が、元に戻る。


 割れ目が縫われ、崩れが修復される。


 だが――


 「……限界がある。」


 壁の色が、微妙に違う。


 本来の記憶と、再構築した痕跡。


 完全ではない。


 「これは“修復”じゃない。」


 繋は呟く。


 「書き換えだ。」


 存在の記述を書き直している。


 だからこそ、違和感が残る。


 三つ目の空白が、ゆっくりと歩き出す。


 一歩ごとに、足元の影が抜け落ちる。


 消されるのは、物質ではない。


 “意味”だ。


 標識から文字が消える。


 時計から数字が消える。


 人の口から、固有名詞が消える。


 「……これが三つ目。」


 綾が唇を噛む。


 「一つ目は“忘却”。

 二つ目は“固定の破壊”。

 三つ目は――」


 繋が続ける。


 「“意味の空白”。」


 三つ目の空白は、戦おうとしていない。


 世界を初期化しようとしている。


 戦いそのものを、成立させないために。


 突然、遠くで悲鳴が上がる。


 子どもが泣いている。


 「ママ」が言えない。


 言葉が出ない。


 関係性が消えている。


 繋は走る。


 青い糸を空へ放つ。


 光が広がる。


 消えかけた言葉を縫い止める。


 「……戻れ!」


 白紙が震える。


 空白に、文字が浮かぶ。


 ――母


 その一文字が、子どもの口からこぼれる。


 「……ママ!」


 意味が戻る。


 世界が、ほんの少しだけ安定する。


 だが、繋の膝が折れる。


 負荷が大きい。


 「全部は無理だ……」


 書き直すには、基盤がいる。


 記録が。


 だが、その記録はもう――


 綾が、繋の肩を支える。


 「無茶しないで。」


 「……無茶じゃない。」


 繋は立ち上がる。


 「俺が書く。」


 白紙が、強く光る。


 今は空白。


 だが、これは“可能性”だ。


 三つ目の空白が、初めて明確に敵意を向ける。


 発見者が、記録を持った。


 それは、最も危険な存在。


 空白を空白のままにしておけない。


 空気が震える。


 地面が割れる。


 意味が剥がれ落ちる。


 繋は青い糸を握る。


 「……全部は救えない。」


 それは事実。


 書き直せないものもある。


 戻らない温度もある。


 消えてしまった人もいる。


 それでも。


 「それでも、

  “空白のまま”にはしない。」


 三つ目の空白が、ついに腕を上げる。


 世界規模の消去が、始まる。


 繋の白紙が、風に揺れる。


 まだ何も書かれていない。


 だが、次の瞬間――


 繋は、その白紙に最初の文字を書き始める。


 青い光が、夜を裂いた。

作者の一言

私今週卒業らしいです。新たな一歩を踏み出そうとおもいます。

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