ep54 触れられぬ温度
まだ午前0時半です。今日なんです。異論は認めません。
影となったリセルは、音もなく踏み込んだ。
黒い刃が、一直線に繋の喉元を狙う。
「……っ!」
繋は影を展開する。
青い縫い目が光り、防壁を縫い上げる。
衝突。
火花の代わりに、黒い文字が散る。
宙に浮かぶ言葉。
――記録
――固定
――忘却
それらが砕け、空間へ溶ける。
「……やめろ……リセル……」
返事はない。
影の胸元――ノートだった部分が開く。
黒いページがめくれる。
そこに浮かぶのは、繋の名前。
――ケイ
その文字が、赤く滲む。
「……っ!?」
繋の影が、突然揺らぐ。
足元の輪郭が薄くなる。
「名前を書き換えてる……!」
綾が叫ぶ。
「発見者の固定を、内側から外してるのよ!」
影のリセルは、ゆっくりと手を掲げる。
黒い文字列が鎖となり、繋の影へ絡みつく。
触れられないはずの彼女の手が、今は確実に“干渉”している。
繋の呼吸が乱れる。
「……なんで……」
影の奥で眠る“誰か”が、強く脈打つ。
だが、まだ出てこない。
繋は、目の前の影を見る。
動きの癖。
一瞬だけ、攻撃の前に肩が下がる。
昔と同じ。
「……そこ、だろ……」
繋は踏み込む。
影の刃をかいくぐり、懐へ入る。
拳を振るう。
青い光が炸裂する。
影のリセルが後退する。
だが、消えない。
胸のページが、さらに開く。
そこに書かれているのは――
――忘れても、責めないでね。
繋の動きが、止まる。
「……っ……」
一瞬の隙。
黒い刃が、繋の肩を貫く。
血が滲む。
痛みよりも、衝撃。
触れられなかった温度が、今は刃になっている。
「ケイ!」
綾が駆け寄ろうとするが、三つ目の空白が進路を塞ぐ。
忘れた自分が、無言で立ちはだかる。
二対一。
いや、違う。
これは、繋対“自分の欠片”。
影のリセルが、再び迫る。
繋は肩を押さえながら立ち上がる。
「……お前……」
声が震える。
「……記録なんだろ……?」
影は止まらない。
黒い鎖が再び伸びる。
繋の影を引き裂こうとする。
その瞬間。
繋の足元で、青い縫い目が深く光る。
影の奥で眠る“誰か”が、強く手を伸ばす。
影の中から、微かな光が漏れる。
リセルの刃が、一瞬だけ止まる。
わずかな揺らぎ。
そこに、確かに“躊躇”があった。
「……まだ……いるだろ……」
繋は、影へ手を伸ばす。
触れられないはずの闇に、手を差し込む。
冷たい。
深い。
だが、その奥に――
かすかな温度。
次の瞬間、黒い衝撃が爆発する。
繋は吹き飛ばされる。
地面に転がり、息が詰まる。
影のリセルは、再び無表情に戻っていた。
胸のページが、ゆっくり閉じる。
そこに残ったのは、ただ一行。
――発見者を、解放する。
繋は、血の滲む手で地面を掴む。
「……違う……」
息を吐く。
「……俺は……
解放なんか……望んでない……」
三つ目の空白が、再び動く。
影のリセルも、刃を構える。
世界が、崩れ続けている。
だが、さっき確かに感じた。
影の奥に、消えきっていない“温度”。
完全な空白ではない。
まだ、届く可能性がある。
繋は、ゆっくり立ち上がる。
涙を拭わない。
影を踏みしめる。
「……もう一回だ。」
救いのない戦いは、まだ終わらない。
作者の一言
あと6話くらいで完結します。その後は裏設定を軽く紹介したりするつもりです。




