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忘却の輪郭  作者: 雨香
第3章

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ep53 影に堕ちた記憶

 黒い刃が、リセルを貫いたまま、静止している。


 血は流れない。


 代わりに、彼女の輪郭が揺らぐ。


 まるで、水面に映る姿のように。


 「……リセル……!」


 繋は手を伸ばす。


 だが、その指は彼女の肩をすり抜ける。


 触れられない。


 存在の固定が、崩れている。


 ノートが地面に落ちる。


 ばらばらに裂けたページが、空中で止まる。


 そして――


 一枚一枚が、黒く染まる。


 「……やめて……」


 リセルの声が、かすれる。


 だが、恐怖よりも、どこか諦めに似た静けさがあった。


 三つ目の空白が、ゆっくりと腕を引く。


 刃が抜ける。


 その瞬間、リセルの体の半分が影に変わる。


 「……だめえええ!」


 繋は影を爆発させる。


 青い縫い目が閃光のように走る。


 三つ目の空白を弾き飛ばす。


 だが、遅い。


 リセルの足元から、完全な影が広がる。


 彼女のノートが、黒い塊へと収束していく。


 文字が叫ぶように浮かび上がる。


 ――縫。

 ――綾。

 ――ケイ。


 書かれた名前が、裏返る。


 白が黒へ。


 固定が、反転する。


 「……ケイ。」


 リセルは、繋を見た。


 その瞳は、まだ光を持っている。


 「……忘れても……

  責めないでね。」


 「何言ってんだよ……!」


 影が、彼女の胸まで覆う。


 体が透ける。


 存在が、薄くなる。


 「……私……

  ちゃんと……役目……」


 声が途切れる。


 ノートが完全に影へと崩れる。


 その影が、彼女の体を飲み込む。


 「リセル!!!」


 最後に、彼女は微笑った。


 そして。


 完全に、影になった。


 音が消える。


 風が止まる。


 影の塊が、ゆっくりと立ち上がる。


 それは、人の形をしていた。


 だが、顔がない。


 胸の中央に、黒いページのような模様が刻まれている。


 影のノートが、体内で脈打つ。


 「……そんな……」


 綾が絶句する。


 三つ目の空白が、わずかに後退する。


 新たに生まれた影は、繋を向いた。


 その動きは、静かで、正確だった。


 足元から伸びる影が、鋭い刃へと変わる。


 「……っ……!」


 繋は咄嗟に防ぐ。


 だが、衝撃が重い。


 さっきまで、守る側にいた温度が、今は殺意を帯びている。


 「……リセル……!」


 影は、何も答えない。


 ノートだった部分が開く。


 黒い文字が空間に浮かぶ。


 ――発見者の固定を、解除する。


 その文字が、刃となって襲いかかる。


 繋の影が削られる。


 青い縫い目が軋む。


 「……やめろ……!」


 だが、影となった彼女は止まらない。


 まるで、役目だけが残った存在。


 “記録”が、今度は“抹消”へと変わっている。


 三つ目の空白が、再び動き出す。


 繋を挟む形で、二体の影。


 忘れた自分と、影となった記録。


 逃げ場はない。


 胸の奥で、何かがひび割れる。


 影の奥で眠る“誰か”が、強く脈打つ。


 だが、まだ目覚めない。


 繋は、歯を食いしばる。


 守れなかった。


 触れられなかった。


 止められなかった。


 目の前にいるのは、もう“彼女”ではない。


 それでも。


 それでも――


 「……俺が……」


 影を踏みしめる。


 涙が落ちる。


 「……終わらせる……!」


 影となったリセルが、静かに刃を構える。


 かつて記録だった存在が、

 今は発見者を消そうとしている。


 世界が、静かに崩れ始めていた。

作者の一言

今日の夜に54話投稿します

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