ep52 記録の裂ける音
空が、黒い。
夜ではない。
三つ目の空白が、街の影を飲み込み続けているせいだ。
影のない人々は、立っているのに“薄い”。
存在の裏面が削られている。
「時間がないわ!」
綾が叫ぶ。
「影を全部吸われたら、街ごと固定が崩れる!」
黒い影――三つ目の空白は、静かに両腕を広げる。
地面から、無数の黒い糸が伸びる。
それは“影の神経”のように、人々へと接続されていく。
「……やめろ!」
繋は踏み込む。
青い縫い目が光り、影を縫い止める。
一瞬だけ、黒い糸が止まる。
だが。
「……浅い。」
綾の声。
「核に届いてない!」
三つ目の空白の胸部が、わずかに透ける。
そこに見えるのは――
“もう一人の繋”。
顔のない、忘れた自分。
それが、内側で静かに目を閉じている。
「……あれが核……」
繋の影が震える。
拒絶しなければならない。
だが、あれは“自分”だ。
その一瞬の躊躇。
黒い影が、衝撃を放つ。
繋が吹き飛ぶ。
石畳に叩きつけられ、息が詰まる。
「ケイ!」
リセルが駆け寄る。
彼女のノートのページが、ばらばらとめくれる。
風はない。
なのに、ページが勝手に開く。
そこに書かれた文字が、光り始める。
――発見者は、分割される。
――拒絶できなければ、吸収される。
インクが、黒く浮き上がる。
「……っ……!」
リセルの足元から、影が伸びる。
三つ目の空白が、今度は彼女を見る。
「……だめ……」
綾が息を呑む。
「記録は、“固定点”。
あれにとっては一番邪魔な存在よ!」
三つ目の空白の腕が、リセルへ向かう。
黒い衝撃波。
繋は立ち上がる。
「やめろおおお!」
影を爆発させる。
青い縫い目が弾け、空間を縫い止める。
衝撃がぶつかり合う。
広場が崩壊する。
だが、その余波が――
リセルのノートを直撃する。
「……あ……」
乾いた音。
紙が、裂ける。
空間が、裂ける音と同じだった。
ノートの中心から、黒い亀裂が走る。
そこから、影が滲み出る。
「……いや……」
リセルがノートを抱きしめる。
だが、黒い影は止まらない。
文字が、浮き上がり、裏返る。
記録が、影へ変わる。
「……固定が……反転してる……!」
綾が叫ぶ。
「やつが、“記録そのもの”を空白にしようとしてる!」
三つ目の空白の核が、鼓動する。
ドクン。
繋の胸も、同時に痛む。
ドクン。
リセルの影が、足元から濃くなる。
「……ケイ。」
彼女は振り向く。
その顔は、驚くほど落ち着いていた。
「……選ぶ準備、して。」
「何言って――」
その瞬間。
黒い刃が、リセルを貫いた。
影の刃。
血は出ない。
代わりに、彼女の体が“薄く”なる。
「……リセル!!」
ノートが、完全に裂ける。
中から溢れ出した影が、彼女を包む。
繋が駆け寄る。
だが、触れた指先が、すり抜ける。
「……まだ……」
リセルの声が、かすれる。
「……貴方は忘れられてない……」
彼女は、かすかに笑う。
「……まだ……間に合う……」
黒い影が、彼女の体を半分覆う。
三つ目の空白が、確実に“奪いに”来ている。
記録が裂ける音が、止まらない。
広場が崩れる。
空がひび割れる。
繋の影の奥で、“眠る人”が強く脈打つ。
だが、まだ目覚めない。
次の瞬間。
三つ目の空白が、完全な殺意を向ける。
標的は――リセル。
作者の一言
もう終盤の終盤です。もうすぐこのお話は完結を迎える予定となってます。




