ep51 空白がたつ
それは、夜明け前に現れた。
広場の中央。
以前、もう一人の繋が立っていた場所。
そこに、影が集まっている。
音がない。
風がない。
足音もない。
それなのに――
「……立ってる。」
綾の声が、わずかに震える。
黒い人影。
輪郭は繋に似ている。
だが、顔がない。
目も、口も、表情もない。
ただ、“空白”だけがそこにある。
「……あれが……」
繋は息を呑む。
「三つ目の空白。」
その瞬間、周囲の影が一斉に沈んだ。
人々の足元から影が剥がれ、黒い靄となって“それ”へ吸い込まれていく。
悲鳴が上がる。
だが、声は途中で途切れる。
音が削られている。
「まずい……!」
綾が叫ぶ。
「影を媒体にしてる!
街全体を、取り込む気よ!」
リセルはノートを開く。
必死に書く。
――三つ目の空白は、影を収束する。
――発見者の“忘れた自分”が核。
インクが紙を焼くように沈む。
だが、黒い人影が、ゆっくりと顔を向けた。
顔のない“顔”。
それが、まっすぐ繋を見る。
そして、口のない場所が開く。
声は、繋の頭の中に直接響いた。
――返せ。
「……何をだ……!」
――楽になれる可能性を。
黒い影が一歩踏み出す。
地面がひび割れる。
空間が、歪む。
繋の影が、強く引かれる。
「……っ……!」
影の奥で眠る“誰か”が、揺れる。
「ケイ!」
リセルが繋の腕を掴む。
その温度が、現実を繋ぎ止める。
「……あれは、あなたの一部!」
綾が叫ぶ。
「倒すなら、“拒絶”しなさい!」
繋は歯を食いしばる。
「……俺は……!」
だが、言葉が揺らぐ。
楽になりたい。
忘れたい。
削られ続ける痛みから、逃れたい。
その思考が、一瞬よぎる。
黒い影が、手を伸ばす。
その指先が触れた瞬間、繋の記憶が爆ぜる。
縫の声が、さらに遠ざかる。
書かれなかった名前が、薄くなる。
「やめろおおおお!」
繋は影を踏みしめ、拳を振るう。
青い縫い目が光る。
衝撃。
だが、黒い影は後退するだけで、消えない。
逆に、影の密度が増す。
「……強い……」
綾が低く呟く。
「これが……完全体。」
リセルはノートを抱きしめる。
そのページの端が、再び黒く染まり始めている。
「……ケイ。」
彼女は、静かに言う。
「これ……たぶん、長くない。」
「何がだ!」
「私の“固定”。」
黒い影が、さらに巨大化する。
街の影が、ほとんど吸われている。
人々の足元が、白くなっていく。
影のない世界。
存在の裏側が消える。
それはつまり――
「……世界を、裏返す気か……!」
黒い影が、腕を広げる。
空が暗転する。
三つ目の空白は、もう“兆し”ではない。
完全な敵として、ここに立っている。
そしてそれは――
繋の“終わり”の姿でもあった。
リセルは、ノートを閉じる。
強く、強く抱きしめる。
「……ケイ。」
その声は、妙に穏やかだった。
「ちゃんと、選んでね。」
繋は、その言葉の意味を、まだ理解していない。
だが――
三つ目の空白は、確実に“決戦”へ向かっていた。
作者の一言
受験校定員割れしました。勝った




