ep50 記録のほころび
三つ目の空白が現れてから、街は妙に静かだった。
静かすぎた。
人々は普通に会話をし、商いをし、日常を続けている。
だが、言葉の端がわずかに欠ける。
「あれ……今、何の話だっけ?」
「……まあ、いいか。」
“まあ、いいか”が増えている。
繋はその違和感を、嫌というほど理解していた。
「……三つ目は、消えてない。」
綾は短く言う。
「潜ってるだけ。」
――――――――
夜。
リセルは焚き火の前で、ノートを開いていた。
だが、手が止まる。
「……おかしい。」
「何がだ?」
繋が隣に座る。
リセルは、あるページを指差した。
昨日書いたはずの記録。
三つ目の空白の兆候。
そこが――薄れている。
「……消えてる……?」
インクが、にじむように消失している。
破られていない。
燃えていない。
ただ、“存在していなかった”かのように。
「……そんな……」
リセルの声が、わずかに震える。
「……私の記録は……
消えないはずなのに……」
綾が静かに言う。
「三つ目は、“記録の外側”にある。
つまり――」
「……私の外側……?」
リセルは自分の胸に手を当てる。
ノートの束を、強く抱きしめる。
繋の影が、微かに重くなる。
「……リセル。」
「大丈夫。」
彼女は笑う。
だが、その笑みは硬い。
「まだ、全部は消えてない。」
そう言って、新しいページを開く。
そこに、強く、深く、書き込む。
――三つ目の空白は、発見者自身の分割。
――忘れた自分が、実体化しかけている。
インクが、紙に沈む。
だが、書き終えた直後。
文字が、かすれる。
「……っ……!」
リセルの呼吸が乱れる。
ノートのページが、波打つように揺れる。
まるで、紙そのものが“影”になろうとしている。
繋が咄嗟に手を伸ばす。
「やめろ!」
だが、止まらない。
ノートの端が、黒く染まる。
影のように。
「……ケイ。」
リセルが、静かに言う。
「……もし……」
繋は強く首を振る。
「言うな。」
「……もし、私が――」
「言うな!」
影が、地面に広がる。
その奥で、“眠る人”がわずかに脈打つ。
そして。
広場の方向から、低い振動が響く。
三つ目の空白が、再び動き出した。
綾が通信石を握る。
「……来るわ。」
リセルはノートを閉じる。
だが、その表紙に、小さな黒い染みが残っていた。
消えない。
繋は、それを見てしまう。
「……リセル……」
「大丈夫だよ。」
彼女はいつもの調子で笑う。
「まだ、記録は残ってる。」
その“まだ”が、胸に刺さる。
遠くで、空間が裂ける音。
繋は影を踏みしめる。
三つ目の空白は、今度こそ形を取ろうとしている。
そして――
記録そのものに、
ひびが入り始めていた。
作者の一言
私卒業までに学校いく日あと14日きったんですよ。なんだかんだ寂しく感じます




