ep46 記録する少女
夜は静かだった。
焚き火の音だけが、規則正しく闇を叩いている。
繋は横になりながら、眠れずに天を仰いでいた。
星は、変わらずそこにある。
――なのに、名前を思い出せない星が、増えている。
「……起きてる?」
小さな声。
リセルは、少し離れた場所で何かを書いていた。
「……ああ。」
繋は体を起こす。
「……それ……
何、書いてるんだ……?」
リセルは一瞬だけ手を止め、そして隠すことなく、ノートを差し出した。
「……記録。」
古びた紙の束。
そこには、細かい文字でびっしりと書き込まれている。
日付。
場所。
起きた出来事。
名前。
名前。
名前。
「……これ……
全部……?」
「うん。」
リセルは頷いた。
「出会った人。
消えた人。
忘れられたモノ。
……縫も。」
繋の指が、わずかに震える。
「……縫……
どう……書いてる……?」
リセルは、迷わずページを開いた。
そこには、縫の名前と、短い一文があった。
――縫。
――世界のほころびを縫い止めた人。
――優しくて、笑うと少し困った顔をする。
繋は、それを読んだ瞬間、胸が詰まった。
「……ありがとう……」
リセルは首を振る。
「……私が、覚えてないと……
ケイが……
独りになるから。」
その言葉は、あまりにも静かで、重かった。
「……どうして……
そんなこと……
分かるんだ……?」
リセルは、少しだけ黙った。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……私ね。」
「……発見者じゃない。」
繋は、頷いた。
それは、最初から分かっていた。
「でも……
忘却に、触れたことがある。」
繋の視線が、リセルに向く。
「……生まれたときから……
じゃない。」
リセルは、胸元に手を当てた。
「……一度……
“記録そのもの”に……
なった。」
繋は、息を呑む。
「……記録……?」
「うん。」
リセルは微笑った。
「忘れられたモノが多すぎて、
世界が、保持できなくなったとき……
“外側”に、一時的な保管場所が作られた。」
繋の影が、微かに揺れる。
「……それが……
お前……?」
「正確には……
そこから……
戻ってきた。」
リセルは、ノートを軽く叩いた。
「だから、忘れない。
忘れられない。」
繋は、言葉を失った。
「……じゃあ……
お前は……
人間……なのか……?」
リセルは、少しだけ困った顔をする。
「……たぶん。」
その曖昧な答えが、何よりも現実的だった。
「……でもね、ケイ。」
リセルは真剣な目で繋を見る。
「私も……
永遠じゃない。」
繋の胸が、嫌な音を立てる。
「……どういう……」
「記録が……
必要なくなったら……
私は……」
言葉は、最後まで言われなかった。
焚き火が、ぱちりと弾ける。
「……だから。」
リセルは、穏やかに言った。
「終わる前には……
ちゃんと……
全部……渡す。」
その言葉に、繋は違和感を覚えた。
(……終わる……?)
だが、考えようとした瞬間、影が疼く。
思考が、止まる。
「……リセル……」
「大丈夫。」
彼女は微笑った。
「忘れてもいい。
そのために……
私がいる。」
繋は、拳を握りしめる。
記録する少女。
覚えている者。
そして――
いずれ、消える者。
繋は、この旅が、
“世界を救う物語”ではないことを、
はっきりと理解し始めていた。
これは――
失われていくものを、
それでも前に進めるための、
物語だ。
作者の一言
私のクラス受験前に学級閉鎖となりました。貴重な給食がァァァァァァァ




