ep43 名を呼べない戦い
影は、声を持たなかった。
叫びも、唸りも、怒りもない。
ただ、人の形をなぞった黒が、そこに“在る”。
繋は息を整え、影と向き合っていた。
広場の中央。
人々は距離を取り、しかし目を離せずにいる。
「……いつも通りじゃ、無理ね。」
綾が低く言った。
発見者が“忘れられたモノ”を結び直すとき、
そこには必ず――名前が必要だった。
名を呼び、存在を定義し、世界と結びつける。
だが、目の前の存在には、
呼ぶべき名前がない。
「……名前がないなら……」
繋は、自分の影に意識を向ける。
縫に縫われた影。
空白を抱え込む器。
「……名前じゃなくて……
“記憶”で……」
影が、一歩踏み出す。
地面が軋み、人々が悲鳴を上げる。
繋は逃げなかった。
「……覚えてる。」
小さく、しかし確かな声で呟く。
影の動きが、わずかに鈍った。
「……誰かが……
ここにいたこと……」
繋の影が、地面から立ち上がる。
黒ではない。
深い青と、微かな光を帯びた影。
綾が目を見開いた。
「……そんな……
影を……使うなんて……」
「……縫が……
残した……」
繋は、影を前に差し出す。
「……名前がなくても……
忘れられても……
存在した事実は……
消えない……!」
影同士が、触れ合う。
衝突ではない。
絡み合うように、溶け合う。
人々の中から、誰かが声を上げた。
「……あ……
思い出した……」
別の誰かも、続く。
「……あの人……
毎朝……ここに……」
断片的な記憶が、空気に滲む。
影が、揺れる。
それは、苦しんでいるようにも、
安らいでいるようにも見えた。
繋は、最後に一歩、踏み出す。
「……ここにいた。
それだけで……
いい……」
影は、ゆっくりとほどけた。
黒は薄れ、空気に溶ける。
残ったのは、
言葉にならない“痕跡”だけ。
完全な勝利ではない。
だが、ナニカになることもなかった。
戦いは、終わった。
広場に、静寂が戻る。
人々は互いに顔を見合わせ、
言葉を探すように、胸を押さえている。
「……救え……た……?」
繋の呟きに、綾は首を横に振った。
「……いいえ。
“繋ぎ止めた”だけ。」
繋は、自分の影を見つめる。
影は、もう元には戻らない。
だが――
「……俺は……
これで……やる……」
綾は、繋を見た。
その目に、迷いはなかった。
「……あなた、気づいてる?」
「……何を……?」
「今の戦い方……
発見者として……
正しくない。」
繋は、はっきりと頷いた。
「……分かってる。」
それでも、選んだ。
名前を呼べない世界で、
記憶を繋ぐという、危うい道を。
綾は、ゆっくりと息を吐いた。
「……その道の先には……
多分……
縫と……同じ……」
繋は答えなかった。
ただ、影を踏みしめる。
夜風が吹き、
街の“空白”が、微かに鳴った。
戦いは、終わった。
だが、
“名を呼べない戦い”は――
ここからが、本番だった。
作者の一言
お久しぶりです。ほぼ最終話まで原稿書けたんでこれからは多分2日か3日に一度投稿していけるはずです。




