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忘却の輪郭  作者: 雨香
第3章

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40/50

ep40 呼ばれない人

 街の中心へ向かう道は、奇妙なほど整然としていた。

 建物は壊れていない。人も倒れていない。

 それなのに、繋の胸の奥では警鐘が鳴り止まなかった。


 「……人の数が、少ない。」


 リセルの言葉に、繋は周囲を見渡す。

 確かに、街の規模に対して人影がまばらだった。


 「逃げた……わけじゃない。」

 繋は低く言った。

 「“薄くなってる”。」


 広場に近づくにつれ、その感覚は強まっていく。

 人々はそこに“いる”のに、視線が合わない。

 声をかけても、反応が遅れる。


 まるで、世界から半歩ずれ始めているかのようだった。


 広場の中央に、一人の男が立っていた。


 年は五十前後。

 背は高く、身なりは整っている。

 だが、その存在だけが、異様に浮いて見えた。


 「……あの人……」


 リセルが足を止める。


 男は、必死に周囲へ話しかけていた。


 「おい、ちょっと待ってくれ!」

 「なあ、聞こえてるだろ!」

 「……俺だよ! ここにいるだろ!?」


 だが、誰も彼に応えない。

 人々は男のすぐ横を通り過ぎ、ぶつかりそうになっても、何事もなかったかのように歩いていく。


 繋は、はっきりと理解した。


 「……呼ばれてない。」


 リセルが息を呑む。


 「呼ばれて……ない?」


 「名前を。

  誰一人、あの人の名前を使ってない。」


 繋が男に近づくと、男は希望に縋るようにこちらを見た。


 「君……!

  君は、俺が見えるのか!?」


 「……見えてる。」

 繋は答えた。


 男の顔が歪む。


 「助けてくれ……!

  皆、俺のことを忘れてる!

  妻も、子どもも……!」


 その言葉が終わる前に、男の輪郭が一瞬、揺らいだ。


 リセルが小さく悲鳴を上げる。


 「……消えかけてる……」


 男の足元から、影がにじみ出す。

 黒く、薄く、しかし確実に“別のもの”へ変質し始めていた。


 「……まずい……」

 繋は歯を食いしばる。


 これは“忘れられたモノ”ではない。

 だが、その一歩手前――

 **名前を失った人間**だ。


 「聞いてくれ!」

 男が繋の腕を掴む。

 「俺は……俺は……!」


 しかし、男はそこで言葉を失った。


 自分の名前が、出てこない。


 喉が震え、唇が動くのに、音にならない。


 「……あ……ぁ……?」


 恐怖が、はっきりと形になる。


 リセルが繋の背後で呟いた。


 「……“空白”が……人を食べ始めてる……」


 繋は男の肩を掴み、必死に言葉をかける。


 「落ち着け!

  思い出せ!

  誰か一人でもいい、君を呼んだ人を――」


 だが男は、首を振った。


 「……いない……

  呼ばれた記憶が……ない……」


 その瞬間だった。


 男の影が、地面から立ち上がった。

 人の形を保てず、溶けた輪郭のまま、男の身体に絡みつく。


 「……やだ……

  やだ……!」


 繋は手を伸ばす。

 だが、その指先は、男の腕をすり抜けた。


 触れない。


 もう、“人”として結び止められない。


 「……くそ……!」


 男は最後に、繋を見た。


 目だけが、異様にはっきりしている。


 「……君は……

  忘れないでくれ……

  俺が……いたって……」


 次の瞬間、男の身体は影に飲み込まれ、

 黒い“何か”だけが残った。


 それはまだ完全なナニカではない。

 だが、人の気配は、もうなかった。


 リセルが震える声で言った。


 「……死んだ……の……?」


 繋は、ゆっくりと首を振る。


 「……死んだ、より……

  “呼ばれなくなった”。」


 その言葉が、広場に重く落ちた。


 遠くで、誰かが同じように名前を呼べず、立ち尽くしているのが見える。

 一人ではない。


 空白は、もう街全体に広がっていた。


 繋は拳を強く握りしめる。


 (……間に合わなかった……)


 そのとき、通信石が震えた。


 綾からだ。


 短い、途切れた声。


 『……繋……

  縫が……』


 そこで、音は切れた。


 繋の血の気が、一気に引く。


 「縫……?綾……?」


 返事はない。


 街のどこかで、また一つ――

 “呼ばれなくなった存在”が、生まれようとしていた。

作者の一言

39話を投稿するタイミングを間違えたんでこのまま40話も投稿しました。ということで皆さんメリークリスマス!(遅い)

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