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忘却の輪郭  作者: 雨香
第3章

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ep39 名を失った街

 街に入った瞬間、繋ははっきりと異変を感じた。


 ――静かすぎる。


 人はいる。

 朝市の屋台も、行き交う足音も、生活の気配も確かにある。

 だが、それらはどこか“噛み合っていない”。


 「……おかしい。」

 綾が低く呟いた。


 縫はすでに顔色を失っている。

 青光が微かに漏れ、抑えるように胸元を押さえていた。


 「……ここ……

  いっぱい……抜けてる……」


 リセルが足を止め、周囲を見回す。


 「抜けてる……?」


 繋は屋台の前で立ち尽くす男に目を向けた。

 男は何かを売っているはずなのに、値札も呼び声もない。


 「……あの、それ……何を売ってるんですか?」


 繋が声をかけると、男は一瞬きょとんとした顔をした。


 「え……?

  いや……えっと……」


 男は口を開いたまま、言葉を探す。

 その表情に、焦りが浮かぶ。


 「……あれ……?

  なんだっけ……これ……?」


 屋台の上には、確かに“何か”が置かれている。

 だが繋には、それが何か分からなかった。


 形は見える。

 触れれば硬さも重さも分かるはずだ。


 ――なのに、認識できない。


 縫が小さく呻いた。


 「……名前……

  名前が……なくなってる……」


 その言葉を聞いた瞬間、街のあちこちでざわめきが起きた。


 「……あれ? これ……なんて呼ぶんだっけ……」

 「ほら……あの……昨日も使った……」

 「……言葉が……出てこない……!」


 混乱が、ゆっくりと、しかし確実に広がっていく。


 綾の顔が強張る。


 「……最悪のタイプね。

  “概念”が忘れられてる。」


 リセルが息を呑む。


 「概念……?」


 「物でも、人でもない。

  “名前”そのもの……

  使われ続けていた“意味”が、世界から抜け落ちてる。」


 繋の背筋が冷えた。


 名前を失う。

 それは存在の輪郭を失うということだ。


 縫がふらつき、繋が慌てて支える。


 「縫!」


 「……だめ……

  ここ……

  私……長く……いられない……」


 縫の青光が、不安定に揺れている。

 この街の“空白”は、縫の存在と強く干渉していた。


 (……縫は……

  “名前を繋ぐ側”だから……)


 繋は歯を食いしばる。


 そのとき、街の中央広場から、奇妙な音が響いた。


 ――ずるり。


 何かを引きずる音。

 だが姿は見えない。


 人々がざわめき、恐怖に後ずさる。


 「……見えない……!」

 「でも……いる……!」


 空気が歪む。

 名前を失った“何か”が、街を歩いている。


 縫が震える声で言った。


 「……まだ……モノ……

  でも……

  このまま……

  “ナニカ”になる……」


 期限は一ヶ月。

 だが、この街の状態はそれ以前に崩壊しかねない。


 綾が即座に判断を下す。


 「街を二分する。

  繋、リセル、中心部へ。

  私は縫を連れて外縁を抑える。」


 「待て!」

 繋が声を上げる。


 「縫の状態で単独は――」


 縫が首を振る。


 「……ケイ……

  私……

  ここに……必要……」


 その言葉に、繋は言い返せなかった。


 縫は“忘れられたモノ”に最も近い存在。

 だからこそ、最も壊れやすい。


 リセルが繋の袖を掴む。


 「……行こう、ケイ。

  早く……見つけないと……」


 繋は一瞬だけ振り返る。


 綾は縫を支えながら、静かに頷いた。


 その表情が、妙に落ち着いて見えたことを――

 繋は、後になって思い出すことになる。


 街の中心へ向かう途中、繋は胸騒ぎを抑えられなかった。


 (……嫌な予感がする……)


 名前を失った街。

 存在が薄れ、意味が削れ、やがて――消える。


 それは、人も例外ではない。


 空白は、もう生まれてしまった。

 そしてこの街は――

 誰かを、確実に飲み込もうとしていた。

作者の一言

今日はクリスマスですね!と言いたかったんですが投稿する日間違えたせいで昨日になりました。悲しい

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