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忘却の輪郭  作者: 雨香
第3章

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ep38 空白が生まれる音

 結びが終わった直後、世界は何事もなかったかのように朝を迎えた。

 空は澄み、風は穏やかで、草木は静かに揺れている。


 ――あまりにも、普通だった。


 繋はその違和感を、胸の奥で噛みしめていた。

 忘れられたモノが世界に帰還した直後は、たいてい何かが起こる。

 小さな歪み、音のズレ、記憶の引っかかり。

 それが今回は、ない。


 「……静かすぎる。」

 繋が呟く。


 綾も同じことを感じていたのか、周囲を見渡しながら頷いた。


 「ええ。まるで……“息を潜めている”みたい。」


 縫は少し青白い顔で、胸元を押さえていた。


 「……聞こえる……」


 「何が?」

 繋がすぐに問う。


 縫は首を振る。

 「音……じゃない……

  “抜けた”感じ……

  なにかが……なくなった……」


 その瞬間だった。


 ――コン、と。


 何かが落ちたような、軽くて乾いた音が、確かに響いた。


 しかし音の出どころが、ない。

 地面でも、木でも、空でもない。


 音だけが、そこに“あった”。


 リセルがびくりと肩を揺らした。


 「……今の……」


 綾の顔色が変わる。


 「全員、動かないで。」


 彼女は静かに目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。

 発見者として、世界の“綻び”を探るときの表情だ。


 数秒後、綾は目を開け、低く言った。


 「……来たわ。」


 繋の喉が鳴る。


 「もう……?」


 「ええ。

  結びが成功した瞬間、別の何かが――忘れられた。」


 縫の青光が、わずかに強まる。


 「……遠い……けど……

  すごく……空っぽ……」


 “空っぽ”。


 それは、忘れられたモノが生まれたときにだけ使われる感覚だった。

 存在が抜け落ち、意味だけが残り、やがてそれすらも失われる前兆。


 リセルが唇を噛む。


 「……場所は?」


 綾は空を見上げ、指を一本立てた。


 「東。

  街の方角……しかも、かなり人の近く。」


 繋は即座に立ち上がった。


 「……行こう。」


 「待って。」

 綾が制した。


 「今回は、少し様子が違う。」


 繋は振り返る。


 「違う?」


 「ええ。

  “レベル”が……高い。」


 空気が一瞬、重くなる。


 忘れ去られたモノのレベルが高いということは、

 それだけ“世界にとって重要だった”存在だということだ。


 縫が不安そうに繋を見る。


 「ケイ……

  これ……ヒナの……あと……?」


 繋は答えに詰まった。


 ヒナを結び直した代償として、

 同等か、それ以上に重い何かが忘れられた可能性。


 それは、この世界の仕組みとして、避けられない。


 繋は拳を握る。


 「……それでも、見つける。」


 リセルが静かに言った。


 「ケイ……

  もしそれが……

  “誰かの大切なもの”だったら……?」


 繋は少しだけ目を伏せ、それから顔を上げた。


 「……その時は……

  忘れられない形で、世界に残す。」


 リセルはその言葉を聞き、ほんの一瞬だけ安堵したように微笑んだ。

 だが、その目の奥には、別の不安が潜んでいる。


 (……その覚悟……

  いつか……自分にも向けられるのかな……)


 街へ向かう道すがら、違和感は増していった。


 人々の会話が、ところどころ途切れる。

 道具の名前が出てこない。

 説明できない“間”が生まれている。


 繋はそれを見逃さなかった。


 「……もう、影になりかけてる。」


 縫が頷く。


 「……うん……

  まだ形は……ない……

  でも……もう……忘れられ始めてる……」


 リセルが、無意識に繋の背中へ一歩近づいた。


 「……ケイ。

  今回は……早く見つけないと……」


 繋は振り返らず、答える。


 「ああ。

  “ナニカ”にする前に――」


 そのとき。


 街の方角から、悲鳴とも笑い声ともつかない音が、同時に上がった。


 空気が歪む。


 縫が息を呑む。


 「……来る……!」


 綾が叫ぶ。


 「走って!!

  空白が――“動き始めた”!!」


 忘れ去られたモノは、まだ姿を持たない。

 だが確かに、世界の中で“歩き始めて”いた。


 繋は歯を食いしばり、走り出す。


 (……次は……

  何を……失う……?)


 朝の光の中で、

 “空白が生まれる音”だけが、遅れて世界に響いていた。

作者の一言

時間出来たので一話書き上げました!また時間の出来た時に書きます!

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