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忘却の輪郭  作者: 雨香
第2章

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ep36 影の手を取った夜

 ヒナの手は、冷たかった。

 それなのに、触れた瞬間、繋の胸の奥に熱が走った。


 「……っ」


 指先が絡まる。

 その感触は、確かに“人の手”だった。


 空洞全体が軋むような音を立て、青い線が一斉に脈打つ。

 影の群れがざわめき、黒い波となって床を這い回った。


 「ケイ!! 離して!!」


 縫の叫び声が遠く聞こえる。

 リセルも、綾も、必死に叫んでいるはずなのに、音が歪み、距離があるように感じられた。


 ヒナは、泣きながら微笑んでいた。


 「……やっと、つかまえた……

  ずっと……ずっと……」


 その声は幼く、優しく、そして壊れていた。


 繋の視界に、記憶が雪崩れ込む。


 崩れる足場。

 土砂に埋もれていく細い身体。

 泣き叫ぶ声。

 ――助けられなかった、自分。


 「……違う……」


 繋の喉から、かすれた声が漏れた。


 「俺は……お前を……」


 ヒナの指が、ぎゅっと強く絡む。


 「うん……知ってる……

  だから……いいの……

  ケイが……一緒に……来てくれれば……」


 青い光が、繋の腕を這い上がった。

 それは縫の光と似ているが、もっと冷たく、重い。


 世界が、引きずられる。


 足元が消え、繋の身体が影の中へ沈んでいく。


 「ケイ!!」


 その声が、はっきりと届いた。


 縫だった。


 繋ははっとして顔を上げる。

 縫は必死に手を伸ばしていた。

 青光が限界まで膨れ上がり、彼女の身体を焼くように揺れている。


 「ケイ……戻って……!

  それは……“一緒にいる”じゃない……!」


 繋の胸が締めつけられる。


 「縫……」


 ヒナの表情が、ほんの一瞬だけ歪んだ。


 「……その人……だれ……?」


 縫は涙を浮かべながら、叫ぶ。


 「私は……縫……

  ケイと……“今”を生きてる……!」


 その言葉が、空洞を震わせた。


 “今”。


 その響きが、繋の中で何かを叩いた。


 (……俺は……)


 ヒナと一緒にいた“過去”。

 縫と共有している“今”。


 その間で、繋は引き裂かれそうになっていた。


 リセルが前に出る。


 「……ヒナ。」


 その名を、彼女ははっきりと呼んだ。


 影の少女が驚いたように顔を向ける。


 「……あなた……だれ……?」


 リセルは震える息を吐き、胸元を押さえた。


 「私は……“残った側”よ。」


 その言葉に、繋も、綾も、縫も息を呑む。


 「影になるほど強く、忘れられなかった“想い”。

  それを抱えきれなかった人間の……残り。」


 リセルの手首の下で、青い紋が強く光った。


 「ヒナ、あなたは“ケイの願い”で残った。

  でも……それは“一緒に生きる”ためじゃない。」


 ヒナの目が揺れる。


 「……ちがう……

  ケイは……ひとりにしないって……」


 「言ったわ。」

 リセルははっきりと答えた。


 「でもそれは、“一緒に死ぬ”って意味じゃない。」


 その瞬間、ヒナの影が大きく揺らいだ。

 空洞の青い線が悲鳴のように鳴る。


 繋は、震える手でヒナを見つめた。


 「……ヒナ……

  俺は……お前を忘れた……

  それは……許されないことだと思う。」


 ヒナの目から、青い涙が零れ落ちる。


 「でも……」


 繋は、ゆっくりと――

 ヒナの手を、両手で包んだ。


 「……それでも……

  俺は……今を生きなきゃならない。」


 ヒナの指が、わずかに緩む。


 「……ケイ……」


 「俺は……戻る。」


 繋は、はっきりとそう言った。


 「お前を……“忘れたまま”にはしない。

  でも……連れてはいけない。」


 ヒナの影が、音を立てて崩れ始めた。


 黒と青が交じり合い、空洞に溶けていく。


 「……じゃあ……

  また……わすれちゃう……?」


 繋は首を振った。


 「……忘れない。

  俺が……覚えてる。」


 ヒナは、泣きながら笑った。


 「……それ……だけで……いい……」


 影の手が、完全にほどける。


 繋の身体が、強く引き戻された。


 縫の腕が、彼を抱きしめる。


 「……ケイ……!」


 青光が静かに収まり、空洞の脈動が止まっていく。


 影の群れは霧のように消え、青い線も次第に壁へと沈んだ。


 静寂。


 ただ、床の中央に――

 小さな青い欠片が残っていた。


 リセルがそれを拾い上げる。


 「……これは……」


 綾が低く言った。


 「忘れ去られた“モノ”の核……

  でも……もう“ナニカ”じゃない。」


 繋は、その欠片を見つめながら、静かに息を吐いた。


 「……ヒナ……」


 胸は痛む。

 だが、壊れてはいない。


 縫がそっと繋の袖を掴んだ。


 「……ケイ……帰ろ……」


 繋は、頷いた。


 夜はまだ深い。

 けれど影の――ヒナの手を取ったその夜、繋は初めて、自分の足で“今”へ戻ってきたのだった。

作者の一言

私いつも誤字がないかChatGPTに入れて見てるんですけど、なぜか今回文字化けしたんですよね。なんで?

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