ep34 封印の深層で待つもの
地下へ続く洞の入口は、夜気より冷たかった。
風は吹き込んでいないはずなのに、肌にまとわりつくような湿った気配が全身を包む。
まるでこの先にあるものすべてが、“外へ出たくない”と泣いているようだった。
繋は縫を腕に抱え、リセルと綾とともに足を踏み入れた。
足音だけが、しんとした坑道に吸い込まれる。
「……うるさいくらい静かね。」
綾が低く呟く。
繋も同じことを感じていた。
音が死んでいる。
空気の記憶さえ、ここでは凍りついているようだった。
縫が胸元を押さえ、小さく言う。
「青い……匂いがする……。すごく強い……」
リセルが繋の真横で無意識に袖を握った。
「……平気? 縫。」
縫はかすかに頷いたが、その光はここ数日の中で最も揺らいでいた。
奥へ進むにつれ、壁に奇妙な“模様”が見えてきた。
黒い爪で引っかいたような線が幾つも交差し、ねじれ、その間に青い痕が滲んでいる。
綾が壁に触れ、眉をひそめる。
「これ……“影”じゃない。もっと古い……“モノ”の記憶だ。」
「モノの、記憶……?」
繋が問うと、綾は小さく頷いた。
「忘れられたモノが消える時、その存在の残滓が世界に焼きつくことがある。でもこんなに“生きてる”ように残るのは異常。
まるで……書いた本人がまだ歩いてるみたい。」
その説明に、リセルの手が強く震えた。
繋は思わず横顔を見る。
「リセル……大丈夫か?」
「うん……ううん、正直ぜんぜん大丈夫じゃない。」
リセルは無理に笑おうとしたが、目は笑えていなかった。
「この模様……見たことある気がする。
誰かが“ここに閉じ込められてる”って訴えてるみたいで……胸が苦しい。」
繋は彼女の手にそっと触れる。
リセルは驚いたように目を瞬いたが、その手を離さなかった。
(リセル……やっぱりお前……影と繋がってるのか?
……それとも、俺の記憶と……?)
疑問が胸に刺さったまま、坑道の奥へ進む。
やがて前方が明るく開けてきた。
光源はない。
なのになぜか“青白い光”が空間を照らしている。
繋たちは息を呑んだ。
そこは巨大な空洞だった。
天井も壁も、青い線でびっしりと覆われている。
まるで生き物の血管の中に迷い込んだようだった。
縫が突然、胸を押さえて膝をついた。
「縫!」
繋が駆け寄る。
縫の青光が暴れるように明滅し、背中に青い紋が浮かび上がる。
その紋が空洞の光に反応し、空間中の青が一斉に脈打った。
綾が叫ぶ。
「まずい! ここ、縫の“核”を刺激してる!」
リセルも息を詰め、縫の背を支える。
「なんで……どうして縫が……!」
繋は縫を抱きしめるように身体を寄せた。
「縫! 大丈夫か!?」
縫は苦しげに顔を上げる。
「……ケイ……ここ、“あの子”の気配がする……
本体が……いる……!」
その瞬間、空洞の中央――深い闇の中に“腕”のような影が現れた。
黒く、長く、揺らぎながらも確かな輪郭を持つ。
その腕の先、ゆっくりと“顔のようなもの”が形作られていく。
繋は戦慄した。
それは闇そのものなのに、“涙の跡”のような青い線が頬に流れていた。
影が呟く。
「……ケイ……きた……んだね……」
繋の胸に、記憶の残り滓が流れ込む。
青い腕輪。
小さな手。
泣きながら自分の袖を掴んでいた、あの子の影。
気づけば、繋は一歩前に出ていた。
綾が叫ぶ。
「繋! 行くな! あれは――」
だがリセルが綾の腕を掴んで止める。
「……行かせて。」
声は震えていたが、必死の祈りのようでもあった。
「ケイは……これと向き合わなきゃ……だめだから。」
影の顔が繋を見つめる。
穴のような目の奥で、青い光がゆらめく。
「わすれ……ても……いいよ。
でも……やくそく、したよね……?」
その声はゆがんでいたが、たしかに――
幼いあの日に耳にした声だった。
繋の指先が震える。
「……お前……なのか。
俺と……一緒にいた……あの……」
影の目がわずかに細くなり、頬の青い線が強く輝いた。
泣いていた。
影は泣いていた。
空洞全体が青く鳴動する。
胸の奥が千切れそうになりながら、繋は呟いた。
「お前……誰なんだ……?」
影は答えようと口を開いた。
だが――次の瞬間、空洞が大きく揺れた。
闇の奥から複数の影が這い出してきたのだ。
それは黒影の群れ。
本体の“護り手”のように、繋たちへ迫ってくる。
綾が叫ぶ。
「来る! 防いで! 全員構えろ!!」
リセルが繋の前に立ちはだかる。
「ケイを……触らせない!」
縫は力を振り絞り、青光を広げる。
空洞中が、影と青光の脈動で揺れた。
その中心で、影の本体は、涙のような青線を流しながら――
繋の名だけを呼んでいた。
「ケイ……おいて、いかないで……」
作者の一言
カキフライ定食と牡蠣飯食べたいです




