ep33 青い手をとった日
繋は眠れずにいた。
夜は深まり、風の音だけが廃坑の入口を抜けていく。
縫は静かに休んでいる。綾は周囲の見張りに出て、リセルは焚き火の向こうでただ一点を見つめていた。
繋は彼女に声をかけようとしたが、リセルは先に口を開いた。
「……ケイ。さっきの影の声……聞こえてたよね?」
焚き火の光で揺れる彼女の横顔は、どこか怯えを抱えながら、それでも繋から目をそらさなかった。
「聞こえた。俺の名前……呼んでた。」
繋が正直に答えると、リセルはわずかに眉を寄せた。
「……もし、影がケイの“大切だった誰か”だとしても……私は止めるからね。
あれは、ケイを引きずり込むつもりだよ。」
その言い方があまりにも真剣で、繋は少し驚いた。
リセルは何かを失いかけている人のような声音をしていた。
しかし、彼女の言葉を否定できなかった。
影の“声”は、紛れもなく繋の胸の奥――ずっと触れずにいた何かを叩いていた。
(俺は、何を忘れてる……?)
思考が沈む。
その瞬間、縫が寝返りをうち、かすれた声で言った。
「……ケイ……思い出して……いいんだよ……」
繋は縫に顔を向け、そして目を閉じた。
薄らとした記憶の奥に、青い光がゆらめく。
気づけば、別の景色が流れ込んできた。
――少年の頃の自分。
今よりずっと小さく、弱く、誰よりも臆病だった。
その少年の手を、細い別の手が引っ張っていた。
『ほら、ケイ!こっち!暗いの怖いでしょ?』
青い腕輪をつけた小さな影が、笑っていた。
闇の中でも見えるくらい強い青の光がその腕輪から溢れている。
『ケイを置いていくわけないでしょ。
だって……』
少年の影は、言葉を続けた。
『ケイは“発見者になんてならない”って言ったじゃん。
だから私が守るんだよ。』
繋の胸が締めつけられた。
(……俺は、なりたくなかった? 発見者に……)
景色がぼやけ、また別の記憶が滲んでくる。
その子――小さな青い腕輪の影は、別れ際に言った。
『ケイ、約束だよ?
忘れてもいいよ。
でも……』
小さな手が繋の手の甲をそっと撫でる。
『私が、絶対思い出させてあげる。
だから……怖くても、行かないで。』
そこで記憶は途切れた。
繋はハッと息を吸い、目を開いた。
胸が痛い――どんな傷より鋭く。
リセルが繋を見つめていた。
「……今、何か思い出した?」
繋は唇を噛んだ。
だが逃げたくなかった。影が求めたもの。縫が背負っているもの。リセルが守ろうとしているもの。
全部に向き合わなければいけない。
「……俺には昔、一緒にいた子がいた。
名前は……思い出せないけど……青い光の腕輪を持ってて、
俺を守るって……言ってた。」
リセルの身体がビクリと揺れた。
その反応は“動揺”――でも、それだけじゃない深い何かが混ざっていた。
「青い……腕輪……?」
リセルは自分の手首をそっと押さえた。
皮膚の下に、薄い青い紋がかすかに光っているのが繋には見えた。
彼女はすぐに袖で隠したが、もう遅い。
「リセル……お前……」
「違うよ!」
リセルは強い声で遮った。
しかしその震えは、否定以上に“隠してしまった自分への苦しみ”に近かった。
「私はケイの“過去”なんて知らない。ただ……」
彼女は目を伏せた。
「……青い光を見ると、胸が痛くなるの。
ずっと前から……理由は分からない。」
焚き火の火がぱちんと弾けた。
風の中に、あの影の声が一瞬だけ混じるような気がした。
『ケイ……わすれ、ないで……』
繋は拳を握った。
「また現れる。
影の“本体”……封印の奥にいるはずだ。」
リセルは唇を噛み、立ち上がった。
「行こう。ケイが向き合うって決めたなら……私も一緒に行く。」
その決意は固かったが、足がわずかに震えているのを繋は見逃さなかった。
リセル自身も、“何か”を思い出すことを恐れている――
そんな気がした。
月が雲間から顔を出し、青白い光が三人を照らす。
その光が、リセルの袖の下を一瞬だけ透かし、青い紋が脈打つのを浮かび上がらせた。
繋は息をのんだ。
(――リセル……お前はまさか……)
だが、その思いに答えるように、遠くの地下へ続く穴から低い声が響いた。
『ケイ……おいで……』
影の“本体”が動き出した。
作者の一言
もう卒業式の話がでる季節になってしまった、




