ep31 封印の綻び
夜が深まるほどに、空気は不自然に冷え込んでいった。
繋は火を囲んでいた仲間たちを見渡したが、誰も眠れていないようだった。
縫は膝の上で光を揺らしながら、胸元を押さえている。青光は昼より強くなっていた。
「……痛むのか?」
繋の問いに、縫は首を横に振る。
「痛いわけじゃない。ただ……胸の奥で誰かが呼んでるみたいなの。すごく、近くで。」
その言葉に、リセルの肩が僅かに跳ねた。
繋はそれに気づかず、縫の背をさすって落ち着かせる。
綾は小さく息をつき、火に木枝をくべた。
「封印が揺れてる。間違いなく。」
「影の封印?」
繋が問い返す。
「そう。黒影は核を砕けば散る。けど……あの時拾い上げた“欠片”を覚えてる?」
綾は懐から黒い石を取り出した。昼間に縫が触れて微かに震えた、あの欠片だ。
石はじわり、と青く光った。
繋は思わず縫を見る。
縫の胸も同じ色で共鳴していた。
「やっぱり繋がってるんだ……」
リセルがつぶやく。彼女の表情には、驚きより“覚悟”が宿っているように見えた。
綾は石を掌で転がしながら説明する。
「封印がほころんでるってこと。黒影は元は“忘れられたモノ”の死骸みたいなものだけど……今回のはそれ以上。まだ本体が残ってる。」
「本体?」
繋が目を細める。
「黒影は“モノの影”の一部でしかない。欠片が残ってるなら、本体はまだ生きてどこかにいる。」
繋は息を呑んだ。
ただの黒影ではなく、“核”を砕いても消えない存在――これまでの常識が通じない敵。
「まさか……『ナニカ』ってことか?」
綾は小さく首を振った。
「それに近いけど、まだ“変化しきっていない”。だから不安定なのよ。
でもここ数日で急速に力を増してる。封印の隙間から染み出すみたいにね。」
焚き火がぱち、と音を立てた。
影が地面に揺れる。
夜風が通り抜けるたび、縫の青光が薄く明滅した。
リセルが火を見つめたまま言った。
「……多分、近くにいる。」
繋は顔を向ける。
「何が?」
「影の本体。呼ばれてるのは、縫じゃなくて……ケイ、君だよ。」
縫が小さく息を呑む。
繋は驚きつつも、心の奥底では奇妙な納得感があった。
(影は俺を見ていた。何度も、まるで知っているみたいに。)
しかしリセルの言葉の続きを待つ前に、夜の静寂が不意に破られた。
ズ……リ。
地面を引きずるような音。
誰かの足音のようで、しかし人間のそれとは違う。
全員が一斉に振り返る。
火の明かりから少し離れた草むらの端。
黒い線が走っていた。
まるで地面そのものが割れたような――影の裂け目。
その裂け目から、ゆっくりと人影が立ち上がった。
「……また影?」
繋は杖を構える。
だが綾が首を振る。その目が明確な恐怖に震えていた。
「違う……これは、核を持たない。影ですらない。」
人影はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
輪郭は“人そのもの”だが、光が当たっても黒のままだ。
それは影ではなく、“闇が形を持って歩いているよう”だった。
縫が胸を押さえて呻く。
「……痛い……これ、嫌……」
繋は縫を庇いながら後退する。
リセルが前に出て、影の進路へ立つ。
「来ないで……!」
その声は、まるで懇願のようだった。
だが影は止まらない。
近づくほどに、その輪郭がわずかに変質していく。
繋は目を見開いた。
(……これ、人の……形……?)
影の顔はどこかで見たことがあった。
いや、見たことがある“気がする”。
記憶の底の、言葉にできない部分をぞわりと掻きむしるような違和感。
縫が震える声で呟く。
「……ケイ、この影……あなたの光に似てる……」
その瞬間、影がぴたりと歩みを止めた。
そして、喉を絞るような声で言葉を発した。
「……ケ……イ……」
その声を聞いた途端、繋の胸に鋭い痛みが走る。
縫は青光を大きく明滅させ、倒れ込んだ。
「縫!」
繋が抱きかかえる。
影は一歩、また一歩と進む。
リセルが杖を構えて叫ぶ。
「来るな!!」
その声には、悲鳴に似たものが混ざっていた。
影は動きを止めない。
夜の帳を裂きながら、黒い“何か”がまっすぐ繋へと手を伸ばした。
火が揺れ、風が鳴り、封印のほころびはついに――破れ始めた。
作者の一言
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