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忘却の輪郭  作者: 雨香
第2章

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ep31 封印の綻び

 夜が深まるほどに、空気は不自然に冷え込んでいった。

 けいは火を囲んでいた仲間たちを見渡したが、誰も眠れていないようだった。

 縫は膝の上で光を揺らしながら、胸元を押さえている。青光は昼より強くなっていた。


 「……痛むのか?」

 繋の問いに、縫は首を横に振る。


 「痛いわけじゃない。ただ……胸の奥で誰かが呼んでるみたいなの。すごく、近くで。」


 その言葉に、リセルの肩が僅かに跳ねた。

 繋はそれに気づかず、縫の背をさすって落ち着かせる。


 綾は小さく息をつき、火に木枝をくべた。


 「封印が揺れてる。間違いなく。」


 「影の封印?」

 繋が問い返す。


 「そう。黒影は核を砕けば散る。けど……あの時拾い上げた“欠片”を覚えてる?」

 綾は懐から黒い石を取り出した。昼間に縫が触れて微かに震えた、あの欠片だ。


 石はじわり、と青く光った。

 繋は思わず縫を見る。


 縫の胸も同じ色で共鳴していた。


 「やっぱり繋がってるんだ……」

 リセルがつぶやく。彼女の表情には、驚きより“覚悟”が宿っているように見えた。


 綾は石を掌で転がしながら説明する。


 「封印がほころんでるってこと。黒影は元は“忘れられたモノ”の死骸みたいなものだけど……今回のはそれ以上。まだ本体が残ってる。」


 「本体?」

 繋が目を細める。


 「黒影は“モノの影”の一部でしかない。欠片が残ってるなら、本体はまだ生きてどこかにいる。」


 繋は息を呑んだ。

 ただの黒影ではなく、“核”を砕いても消えない存在――これまでの常識が通じない敵。


 「まさか……『ナニカ』ってことか?」


 綾は小さく首を振った。


 「それに近いけど、まだ“変化しきっていない”。だから不安定なのよ。

 でもここ数日で急速に力を増してる。封印の隙間から染み出すみたいにね。」


 焚き火がぱち、と音を立てた。

 影が地面に揺れる。


 夜風が通り抜けるたび、縫の青光が薄く明滅した。


 リセルが火を見つめたまま言った。


 「……多分、近くにいる。」


 繋は顔を向ける。


 「何が?」


 「影の本体。呼ばれてるのは、縫じゃなくて……ケイ、君だよ。」


 縫が小さく息を呑む。

 繋は驚きつつも、心の奥底では奇妙な納得感があった。


 (影は俺を見ていた。何度も、まるで知っているみたいに。)


 しかしリセルの言葉の続きを待つ前に、夜の静寂が不意に破られた。


 ズ……リ。


 地面を引きずるような音。

 誰かの足音のようで、しかし人間のそれとは違う。


 全員が一斉に振り返る。


 火の明かりから少し離れた草むらの端。

 黒い線が走っていた。

 まるで地面そのものが割れたような――影の裂け目。


 その裂け目から、ゆっくりと人影が立ち上がった。


 「……また影?」

 繋は杖を構える。


 だが綾が首を振る。その目が明確な恐怖に震えていた。


 「違う……これは、核を持たない。影ですらない。」


 人影はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 輪郭は“人そのもの”だが、光が当たっても黒のままだ。

 それは影ではなく、“闇が形を持って歩いているよう”だった。


 縫が胸を押さえて呻く。


 「……痛い……これ、嫌……」


 繋は縫を庇いながら後退する。

 リセルが前に出て、影の進路へ立つ。


 「来ないで……!」


 その声は、まるで懇願のようだった。


 だが影は止まらない。

 近づくほどに、その輪郭がわずかに変質していく。


 繋は目を見開いた。


 (……これ、人の……形……?)


 影の顔はどこかで見たことがあった。

 いや、見たことがある“気がする”。

 記憶の底の、言葉にできない部分をぞわりと掻きむしるような違和感。


 縫が震える声で呟く。


 「……ケイ、この影……あなたの光に似てる……」


 その瞬間、影がぴたりと歩みを止めた。


 そして、喉を絞るような声で言葉を発した。


 「……ケ……イ……」


 その声を聞いた途端、繋の胸に鋭い痛みが走る。

 縫は青光を大きく明滅させ、倒れ込んだ。


 「縫!」

 繋が抱きかかえる。


 影は一歩、また一歩と進む。

 リセルが杖を構えて叫ぶ。


 「来るな!!」


 その声には、悲鳴に似たものが混ざっていた。


 影は動きを止めない。


 夜の帳を裂きながら、黒い“何か”がまっすぐ繋へと手を伸ばした。


 火が揺れ、風が鳴り、封印のほころびはついに――破れ始めた。

作者の一言

毎日六時に投稿していますっ!

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