ep30 リセルの記憶・二つの影
薄暗い小屋に、静かな呼吸音だけが響いていた。
縫は光を抑えるように身を縮め、繋の袖を指先でつまんでいる。青い光は弱まりつつあるが、まだ完全ではない。
そして、そのそばに――
リセルが立っている。無表情。だけど、その指先は微かに震えていた。
「……リセル、あの“影”のこと、知ってるのか?」
繋が問いかけると、リセルはわずかに目を伏せた。
その瞬間、炭のように黒く焦げた箱――忘れられなかった「モノ」の残骸が、じり……と音を立ててひび割れた。
彼女はそのひびを見つめながら、静かに口を開く。
「……見たことがあるの。ずっと前に。」
繋と綾が視線を交わす。
リセルはゆっくり椅子に腰を下ろし、遠い記憶を拾うように続けた。
――――――――
「発見者」の候補生が十数人いた頃。
まだ繋は選ばれていなかった時代。
リセルの目の前で、“ある少年”が消えた。
忘れ去られたモノの探索中、突然現れた黒影が、少年の胸へ触れた瞬間――
少年の光が破裂したように四散し、影はその光を吸い込むようにして姿形を変えた。
人の輪郭。
少年に似た背格好。
しかし黒い。
「……あれは、モノにもナニカにも分類できなかった。
でも間違いなく、ナニカが“人の影を引きずったまま生まれた”姿だった。」
リセルの声は震えていた。
「その時……私は何もできなかったの。
助けられなかった。
影はすぐ封じられたけど、少年は……二度と戻らなかった。」
縫が小さく息をのむ。
リセルはその手をぎゅっと握った。
「だから……繋には、同じことを絶対にさせたくなかったんだよ。」
――――――――
「でも、それがどうして今……」
綾が尋ねようとしたとき、箱の破片が突然“鳴った”。
ピシィッ。
割れ目から、黒い霧が細く漏れる。
繋が即座に身構えるが、その霧はすぐに空気に溶け消えた。
だが、残った“気配”が違った。
「……これ、二種類の影の気配だわ。」
綾が額を押さえながら呟く。
「二種類……?」
「さっき倒した黒影の残りと……もう一つ。もっと古い、もっと深い……“別の影”。」
繋の喉が鳴る。
リセルがゆっくり顔を上げた。
「そう。
六年前、私が見た影と……今日の影は“同じ系統”なんだよ。」
繋は言葉を失った。
――――――――
突然、縫の体が青光を強める。
「……ッ! ケイっ!」
縫が胸に手を当てて苦しげにうずくまる。
繋は慌てて抱き寄せる。
縫の光は青白く震え、黒影の残滓が箱から漂い始めていた。
そのとき――
リセルが縫に手を伸ばした。
「……縫の光、影に呼ばれてる。
触れた時に刻まれた“残り香”がまだ抜けてない。」
縫の肩に触れたリセルの手が、微かに青く染まる。
繋が驚く。
「リセル、お前……なんでそんなに影に敏感なんだ?」
沈黙。
リセルは唇を噛むと、その場でゆっくり言った。
「……私の中には、あの日触れた“影の欠片”がまだ残ってるんだと思う。」
空気が凍った。
「……影に触れたら、人は消えるんじゃ――」
「普通は、ね。」
リセルは自嘲気味に笑った。
「でも私は……“影に取り込まれかけた”だけで、完全にならなかった。
そのかわり、影の気配がわかる体になった。」
繋の胸が強く痛んだ。
(だから……いつも俺のそばにいたのか。)
リセルは縫の青光をじっと見つめる。
「繋、縫――二つの影が動いてる。
ひとつは今日のやつ。
もうひとつは……六年前に封印されたはずの影。」
「……じゃあ、それが今どこかで……?」
「うん。目を覚まし始めてる。」
縫の青光が、箱の破片を照らし出す。
その光が箱の影を形作るように揺れた――。
そして、縫が囁く。
「ケイ……あの影……呼んでる……。
“まだ、忘れられていないモノを返せ”って……。」
繋は歯を食いしばった。
影が探している“忘れられなかったモノ”。
そしてその影が二ついる。
六年前と今が繋がろうとしている。
リセルは静かに言った。
「……繋。
本当にごめん。
あなたが発見者になった時から……ずっと怖かった。」
繋が言い返す前に、リセルは続けた。
「もし六年前の影が完全に目覚めたら――
最初に狙われるのは、きっと“あなた”だから。」
その言葉は、まるで宣告のように重かった。
作者の一言
ついに30話きました!このお話投稿し始めてからもう1ヶ月経ったらしいです。時間の流れって速いなぁ




