ep28 忘れられなかったモノ
地下遺構の最深部に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
静寂――というより、“何かが息を潜めている音”だけが、湿った岩壁に響いている。
繋、縫、リセル、綾の四人は足を止めた。
「ここ……光が濃い。」
縫が胸に手を当てて言う。体表の青光がいつもより強く揺れている。
リセルは周囲をきょろきょろしながら、服の裾をぎゅっと掴んだ。
「嫌な感じ。けど……ここが“核”っぽいね。」
綾は地面に手を触れ、低く呟いた。
「この場所、放置された“ナニカ”の残滓が染みこんでる。普通の遺跡じゃない。」
繋もそれを感じていた。
まるで地中深くに、巨大な“何か”が脈打っているような気配。
そして、その中心に――
ぽつんと、“箱”が置かれていた。
黒い石でできた、手のひらサイズの、小さな箱。
ただそこにあるだけなのに、空間全体が歪むような圧を生んでいる。
「……あれか?」
繋が呟く。
綾は一歩近づいて目を細めた。
「いや、あれは……『モノ』じゃない。」
「え?」
リセルがきょとんとする。
綾は肩越しに振り返り、言葉を区切りながら説明した。
「“忘れられたモノ”には、必ず“揺らぎ”があるのよ。存在が定まっていなくて、半透明だったり、影を落とさなかったり。
でもあれは……完全に実体化してる。世界に固定されてる。」
「じゃあ何なんだ?」
繋が問う。
綾はほんの少しだけ、不気味そうに笑った。
「“忘れられなかったモノ”よ。」
その言葉に、場の空気が冷えた。
――――――――
“忘れられなかったモノ”――
つまり、“いくら時間が経っても、誰も忘れなかった存在”。
本来、「忘れられたモノ」が生まれる理由はただ一つ。
世界のどこかから、人の意識から、完全に消え失せるから。
だが、箱は違う。
誰かにとって、あるいは世界にとって――忘れたいのに、どうしても忘れられなかった。
縫がゆっくりと箱に近づいた。
「……これ、呼んでる。」
「縫、待て。」
繋が肩を掴んで引き留める。
だが縫は首を振った。
「大丈夫。これは“ケイの光”じゃないと触れない。私じゃなくて、ケイに反応してる。」
繋は息を呑む。
(俺に……?)
縫が続けた。
「この箱……ケイの光と、似てる。というか……“記憶”に近い感じ。」
綾の目が鋭くなる。
「記憶……?」
その瞬間――箱の表面に、淡い青光が灯った。
チリ……
瓦礫ひとつ動かさない、かすかな音。
だが縫と繋の胸に刻まれた光が、まるで共鳴するように震えた。
縫が「あ……」と小さく声を漏らす。
「ケイ……この箱、知ってる。」
繋は首を振った。
「いや。見覚えなんか――」
言い切る前に、頭の奥が痛みで裂けた。
視界が白く焼ける。
呼吸が詰まる。
――そして“声”がした。
《……いるの? 繋。》
幼い声。
泣きそうな声。
耳ではなく、心臓の奥に直接響くような声音。
繋は地面に手をつき、歯を食いしばる。
「……誰、だ……?」
縫が慌てて抱きつくように支える。
「ケイ!? どうしたの!?」
《待ってたの。ずっと。ずっと……ずっと忘れないでって、思ってた。》
声は優しさではなく――執着の湿った匂いを帯びていた。
綾が顔色を変えた。
「……まずいわね。“忘れられなかったモノ”が、ケイ自身の記憶に根ざしてる。」
リセルは唇を噛み、箱を睨んだ。
「じゃあ……ケイが思い出さない限り、これ……“完成”しないってこと?」
綾が頷く。
「ええ。逆にいえば――ケイの記憶のどこかに、この“箱”の主がいる。
想いが強すぎて、世界から漏れ出した。」
おそらく普通の“モノ”とは違う。
これは、おそらく――
“ナニカ”にも“モノ”にもなれず、ただ繋だけに縋っている存在。
縫が震える声で言った。
「ケイ……怖がらないで。これ、あなたの“過去”だよ。」
繋は拳を握った。
痛みはまだ続いている。
だが、それよりも胸の奥に広がる感情――それが気持ち悪いほど懐かしかった。
(誰なんだ……俺は……誰を忘れて……?)
《やっと……迎えにきてくれたね。ケイ。》
幼い声は、泣きながら笑っていた。
――――――――
箱がひとりでに浮かび、石が砕けるような音を立てて割れた。
その中から現れたのは――
白い手。
小さな、子どもの手。
そして、
《ねぇ、迎えにきてよ。今度こそ。》
音もなく、影が形を取り始めた。
だがそれは黒くない。
ぼんやりと光を纏った“青白い影”。
縫の光と同じ色。
綾が呻くように呟いた。
「……まさか。“光系のナニカ”……?」
リセルは繋の腕を掴み、震える声で叫んだ。
「ケイ! 逃げて! それ……アンタに向かって生まれてる!」
繋は逃げなかった。
逃げられなかった。
そこにいる“誰か”を、見捨てることができない理由が分からないのに――
胸の奥が痛むほど叫んでいる。
思い出せ、と。
作者の一言
受験ってキツいですね。もう一生やりたくないです。




