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忘却の輪郭  作者: 雨香
第2章

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ep28 忘れられなかったモノ

 地下遺構の最深部に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 静寂――というより、“何かが息を潜めている音”だけが、湿った岩壁に響いている。


 けい(ぬい)、リセル、(あや)の四人は足を止めた。


 「ここ……光が濃い。」

 縫が胸に手を当てて言う。体表の青光がいつもより強く揺れている。


 リセルは周囲をきょろきょろしながら、服の裾をぎゅっと掴んだ。

 「嫌な感じ。けど……ここが“核”っぽいね。」


 綾は地面に手を触れ、低く呟いた。

 「この場所、放置された“ナニカ”の残滓が染みこんでる。普通の遺跡じゃない。」


 繋もそれを感じていた。

 まるで地中深くに、巨大な“何か”が脈打っているような気配。


 そして、その中心に――


 ぽつんと、“箱”が置かれていた。


 黒い石でできた、手のひらサイズの、小さな箱。

 ただそこにあるだけなのに、空間全体が歪むような圧を生んでいる。


 「……あれか?」

 繋が呟く。


 綾は一歩近づいて目を細めた。

 「いや、あれは……『モノ』じゃない。」


 「え?」

 リセルがきょとんとする。


 綾は肩越しに振り返り、言葉を区切りながら説明した。


 「“忘れられたモノ”には、必ず“揺らぎ”があるのよ。存在が定まっていなくて、半透明だったり、影を落とさなかったり。

 でもあれは……完全に実体化してる。世界に固定されてる。」


 「じゃあ何なんだ?」

 繋が問う。


 綾はほんの少しだけ、不気味そうに笑った。


 「“忘れられなかったモノ”よ。」


 その言葉に、場の空気が冷えた。


――――――――


 “忘れられなかったモノ”――

 つまり、“いくら時間が経っても、誰も忘れなかった存在”。


 本来、「忘れられたモノ」が生まれる理由はただ一つ。

 世界のどこかから、人の意識から、完全に消え失せるから。


 だが、箱は違う。

 誰かにとって、あるいは世界にとって――忘れたいのに、どうしても忘れられなかった。


 縫がゆっくりと箱に近づいた。


 「……これ、呼んでる。」


 「縫、待て。」

 繋が肩を掴んで引き留める。


 だが縫は首を振った。

 「大丈夫。これは“ケイの光”じゃないと触れない。私じゃなくて、ケイに反応してる。」


 繋は息を呑む。


 (俺に……?)


 縫が続けた。


 「この箱……ケイの光と、似てる。というか……“記憶”に近い感じ。」


 綾の目が鋭くなる。


 「記憶……?」


 その瞬間――箱の表面に、淡い青光が灯った。


 チリ……


 瓦礫ひとつ動かさない、かすかな音。

 だが縫と繋の胸に刻まれた光が、まるで共鳴するように震えた。


 縫が「あ……」と小さく声を漏らす。


 「ケイ……この箱、知ってる。」


 繋は首を振った。

 「いや。見覚えなんか――」


 言い切る前に、頭の奥が痛みで裂けた。


 視界が白く焼ける。

 呼吸が詰まる。

 ――そして“声”がした。


 《……いるの? 繋。》


 幼い声。

 泣きそうな声。

 耳ではなく、心臓の奥に直接響くような声音。


 繋は地面に手をつき、歯を食いしばる。


 「……誰、だ……?」


 縫が慌てて抱きつくように支える。

 「ケイ!? どうしたの!?」


 《待ってたの。ずっと。ずっと……ずっと忘れないでって、思ってた。》


 声は優しさではなく――執着の湿った匂いを帯びていた。


 綾が顔色を変えた。


 「……まずいわね。“忘れられなかったモノ”が、ケイ自身の記憶に根ざしてる。」


 リセルは唇を噛み、箱を睨んだ。

 「じゃあ……ケイが思い出さない限り、これ……“完成”しないってこと?」


 綾が頷く。


 「ええ。逆にいえば――ケイの記憶のどこかに、この“箱”の主がいる。

 想いが強すぎて、世界から漏れ出した。」


 おそらく普通の“モノ”とは違う。

 これは、おそらく――


 “ナニカ”にも“モノ”にもなれず、ただ繋だけに縋っている存在。


 縫が震える声で言った。


 「ケイ……怖がらないで。これ、あなたの“過去”だよ。」


 繋は拳を握った。

 痛みはまだ続いている。

 だが、それよりも胸の奥に広がる感情――それが気持ち悪いほど懐かしかった。


 (誰なんだ……俺は……誰を忘れて……?)


 《やっと……迎えにきてくれたね。ケイ。》


 幼い声は、泣きながら笑っていた。


――――――――


 箱がひとりでに浮かび、石が砕けるような音を立てて割れた。


 その中から現れたのは――


 白い手。

 小さな、子どもの手。


 そして、


 《ねぇ、迎えにきてよ。今度こそ。》


 音もなく、影が形を取り始めた。


 だがそれは黒くない。

 ぼんやりと光を纏った“青白い影”。


 縫の光と同じ色。


 綾が呻くように呟いた。


 「……まさか。“光系のナニカ”……?」


 リセルは繋の腕を掴み、震える声で叫んだ。


 「ケイ! 逃げて! それ……アンタに向かって生まれてる!」


 繋は逃げなかった。

 逃げられなかった。


 そこにいる“誰か”を、見捨てることができない理由が分からないのに――

 胸の奥が痛むほど叫んでいる。


 思い出せ、と。

作者の一言

受験ってキツいですね。もう一生やりたくないです。

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