ep22 静まらぬ街と縫
黒影が消えたあと、街の空気はようやく落ち着いた……はずだった。
けれどその静けさには“何かを隠している音”が混ざっているようで、繋は胸の奥がざわつく感覚を拭えなかった。
導標をしまい、縫の方を見ると、彼女は少しふらついた。
繋は慌てて抱きとめる。
「縫、大丈夫か?」
縫はこくりと頷く。
でも、頷いた割に表情はどこか曇っていた。
「……ちょっと、疲れただけ。でもね……なんか、変なの。」
「変って?」
縫は胸に光の手を当てて言う。
「さっき、ケイの光、いつもよりもっと……すごく流れ込んできて……。私の中で、何かが動いた感じがしたの。」
繋は眉をひそめた。
縫の体はもともと“人の形を取っているだけ”で、存在そのものが光でできている。
だから光の変動は体調に直結する。
だが、今の縫の言い方は、ただの疲労とは違う雰囲気だった。
綾が近づいてきて、縫の光を観察する。
「……確かに、おかしいわね。色がいつもの純白じゃない。」
「え?」
繋は思わず縫の体を見直した。
縫の体から漏れる光は、いつもは月光のような白だけ。
なのに今は――わずかに、ほんのわずかに――淡い青が混じっていた。
縫自身もそれに気づいたようで、少し不安げに指先を見つめている。
――――――――
「これ、まずいのか?」
繋は綾に尋ねた。
「んー……“まずい”と断言はできないけどね。」
綾は腕を組んで考える。
「縫はケイの光を受けてるだけで存在が安定するタイプでしょ?
だから、本来ならケイの光が強まっても、縫の内部に変化なんて起きないはずなのよ。」
「じゃあ……」
「今回の黒影、あんたたちに対して異様に反応してたでしょ。
あの“人っぽさ”。あれは、残留思念か、あるいは――」
綾が言いかけて口をつぐむ。
繋は聞こうとしたが、リセルが先に口を開いた。
「……縫に、影が触れたんだよね。さっき。」
縫は少し顔を伏せた。
黒影が接触した瞬間、縫は確かに小さく悲鳴を上げていた。
「触れたのは一瞬だけだったけど……なんか、熱かったの。影のくせに、燃えるみたいに。」
縫の声は震えていた。
繋は縫の手を握り、静かに言う。
「大丈夫だ。もし何かあっても、俺がどうにかする。」
縫は弱く笑って頷いた。
――――――――
綾が少し真面目な声で続けた。
「縫のこの変化、しばらく様子を見た方がいいわ。
でも、今すぐに危険が迫るって感じじゃない。むしろ……進化に近いかもしれない。」
「進化?」
繋が眉を上げる。
綾は肩をすくめた。
「縫は“ケイの光ありき”で存在してるでしょ?
もしケイの光が広がったり、変質したりしたら……縫がそれに合わせて変わることもあり得るってわけ。」
繋は深呼吸しながら縫を見る。
縫は心配そうに繋を見返し、そっと繋の胸元に額を押し当てた。
「……ねぇケイ。変な風になったら、嫌いにならない?」
「なるかよ。」
即答だった。
縫は少し表情を緩めたが、その笑顔はどこか儚く揺れていた。
――――――――
街の中心へ戻る途中、リセルが繋の隣に歩み寄ってきた。
「……縫、可哀想だね。」
「そうだな。無理させたくない。」
リセルはうつむいて、繋の袖を指先で触れる。
「……ねぇ繋。もし縫に何かあったら……ちゃんと守る?」
繋は即答した。
「当たり前だろ。」
その言葉に、リセルはほんの一瞬だけ――安心した顔をした。
だがすぐに、繋には聞こえないほどの声で小さく呟いた。
「……なら、よかった。今はまだ……」
その続きを、リセル自身が飲み込んだ。
――――――――
街の広場に戻ると、治安維持の職員たちが黒影の発生地域を調査していた。
だが誰も「何が起こったのか」を説明できない。
影も、痕跡も、核の破片さえ残っていない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
広場の中央に――
見覚えのない“黒い線”が一本、長く伸びていた。
地面を焼いたような、しかし煙も熱も感じない線。
触れた職員が驚いた顔で言う。
「これ……冷たい? 焼け跡じゃない……」
繋は思わず縫を見る。
縫の光はまだ青を帯びたままだった。
嫌な予感が、じわりと胸に広がる。
(黒影……今までのと違う。何かが変わってる。)
縫の変化。
黒影の変異。
そして、リセルが繋の近くから離れようとしない理由。
ひとつひとつは小さな違和感だ。
だが確実に、“大きな何か”へ繋がっている気がした。
繋は空を見上げ、小さく呟いた。
「……何が始まってる?」
作者の一言
ついに今年も残り1ヶ月。みなさんはどう過ごしますか?私は友達とゲーセンに行きます。




