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忘却の輪郭  作者: 雨香
第2章

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ep22 静まらぬ街と縫

 黒影が消えたあと、街の空気はようやく落ち着いた……はずだった。

 けれどその静けさには“何かを隠している音”が混ざっているようで、けいは胸の奥がざわつく感覚を拭えなかった。


 導標をしまい、縫の方を見ると、彼女は少しふらついた。

 繋は慌てて抱きとめる。


 「縫、大丈夫か?」


 縫はこくりと頷く。

 でも、頷いた割に表情はどこか曇っていた。


 「……ちょっと、疲れただけ。でもね……なんか、変なの。」


 「変って?」


 縫は胸に光の手を当てて言う。


 「さっき、ケイの光、いつもよりもっと……すごく流れ込んできて……。私の中で、何かが動いた感じがしたの。」


 繋は眉をひそめた。

 縫の体はもともと“人の形を取っているだけ”で、存在そのものが光でできている。

 だから光の変動は体調に直結する。


 だが、今の縫の言い方は、ただの疲労とは違う雰囲気だった。


 綾が近づいてきて、縫の光を観察する。


 「……確かに、おかしいわね。色がいつもの純白じゃない。」


 「え?」

 繋は思わず縫の体を見直した。


 縫の体から漏れる光は、いつもは月光のような白だけ。

 なのに今は――わずかに、ほんのわずかに――淡い青が混じっていた。


 縫自身もそれに気づいたようで、少し不安げに指先を見つめている。


――――――――


 「これ、まずいのか?」

 繋は綾に尋ねた。


 「んー……“まずい”と断言はできないけどね。」

 綾は腕を組んで考える。


 「縫はケイの光を受けてるだけで存在が安定するタイプでしょ?

 だから、本来ならケイの光が強まっても、縫の内部に変化なんて起きないはずなのよ。」


 「じゃあ……」


 「今回の黒影、あんたたちに対して異様に反応してたでしょ。

 あの“人っぽさ”。あれは、残留思念か、あるいは――」


 綾が言いかけて口をつぐむ。

 繋は聞こうとしたが、リセルが先に口を開いた。


 「……縫に、影が触れたんだよね。さっき。」


 縫は少し顔を伏せた。

 黒影が接触した瞬間、縫は確かに小さく悲鳴を上げていた。


 「触れたのは一瞬だけだったけど……なんか、熱かったの。影のくせに、燃えるみたいに。」


 縫の声は震えていた。


 繋は縫の手を握り、静かに言う。


 「大丈夫だ。もし何かあっても、俺がどうにかする。」


 縫は弱く笑って頷いた。


――――――――


 綾が少し真面目な声で続けた。


 「縫のこの変化、しばらく様子を見た方がいいわ。

 でも、今すぐに危険が迫るって感じじゃない。むしろ……進化に近いかもしれない。」


 「進化?」

 繋が眉を上げる。


 綾は肩をすくめた。


 「縫は“ケイの光ありき”で存在してるでしょ?

 もしケイの光が広がったり、変質したりしたら……縫がそれに合わせて変わることもあり得るってわけ。」


 繋は深呼吸しながら縫を見る。

 縫は心配そうに繋を見返し、そっと繋の胸元に額を押し当てた。


 「……ねぇケイ。変な風になったら、嫌いにならない?」


 「なるかよ。」

 即答だった。


 縫は少し表情を緩めたが、その笑顔はどこか儚く揺れていた。


――――――――


 街の中心へ戻る途中、リセルが繋の隣に歩み寄ってきた。


 「……縫、可哀想だね。」


 「そうだな。無理させたくない。」


 リセルはうつむいて、繋の袖を指先で触れる。


 「……ねぇ繋。もし縫に何かあったら……ちゃんと守る?」


 繋は即答した。


 「当たり前だろ。」


 その言葉に、リセルはほんの一瞬だけ――安心した顔をした。

 だがすぐに、繋には聞こえないほどの声で小さく呟いた。


 「……なら、よかった。今はまだ……」


 その続きを、リセル自身が飲み込んだ。


――――――――


 街の広場に戻ると、治安維持の職員たちが黒影の発生地域を調査していた。

 だが誰も「何が起こったのか」を説明できない。


 影も、痕跡も、核の破片さえ残っていない。

 まるで最初から存在しなかったかのように。


 ただ、ひとつだけ気になることがあった。


 広場の中央に――

 見覚えのない“黒い線”が一本、長く伸びていた。


 地面を焼いたような、しかし煙も熱も感じない線。

 触れた職員が驚いた顔で言う。


 「これ……冷たい? 焼け跡じゃない……」


 繋は思わず縫を見る。

 縫の光はまだ青を帯びたままだった。


 嫌な予感が、じわりと胸に広がる。


 (黒影……今までのと違う。何かが変わってる。)


 縫の変化。

 黒影の変異。

 そして、リセルが繋の近くから離れようとしない理由。


 ひとつひとつは小さな違和感だ。

 だが確実に、“大きな何か”へ繋がっている気がした。


 繋は空を見上げ、小さく呟いた。


 「……何が始まってる?」

作者の一言

ついに今年も残り1ヶ月。みなさんはどう過ごしますか?私は友達とゲーセンに行きます。

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