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忘却の輪郭  作者: 雨香
第2章

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ep17 名を与えられし影

 けいが名を告げた瞬間――

 黒影の核が、どくりと大きく脈動した。


 リセルは思わず息を飲み、綾ですら眉一つ動かさず、ただ見守るしかなかった。


 その名は――


 「……ぬい

  お前は“縫う”存在だ。


  形のないものを、世界に縫い留める者。

  俺と、お前と、この世界を繋ぐ名前だ。」


 黒影はその名をゆっくりと、まるで味わうように反芻した。


 ……ヌイ……

  ……ヌイ……ケイ……ナルホド……


 次の瞬間、黒影の周囲に走っていた黒霧が一気にしぼみ、周囲の空気が震える。


 綾が驚きに目を見開く。


 「……速すぎる……!

  名前を得たことで、存在が一気に安定してる!?

  こんな例、聞いたことがない!」


 リセルも震えた声を上げた。


 「けいが……ぬいを“結びかけてる”ってこと?

  まだ結びの儀式をしてないのに……!」


 繋は導標を握りしめたまま、立ち尽くしていた。


 (こんな反応……本当に“結びつき始めている”のか?

  名前を与えただけで……?)


 縫はゆっくりと、足を大地に“固定”した。

 影の脚が一本、形を明確にし、繋のほうへ向けて歩き出す。


 その歩き方は、ぎこちなくて、幼い。

 それでも、確かに“意思”を感じた。


 ……ケイ……ワタシ……ケイ……


 リセルが焦った声を上げる。


 「近づきすぎ! けい、危ない!」


 「大丈夫だ。」

 繋は手のひらを軽く上げて制した。


 縫は、その手の動きに反応するように足を止めた。

 その様子は、獰猛な存在というより――迷子の子どものようだった。


――――――――


 だが。


 次の瞬間。


 森の奥から“別の気配”が走り込んできた。


 ひゅ、と鋭い風の斬撃。


 「けい、伏せろッ!!!」


 綾の怒号。

 繋は反射的に身を低くした。


 ――遅れて、斬撃が空を裂いた。


 縫の黒い身体をかすめ、黒影の霧が四散した。


 「っ……!」


 リセルが悲鳴を上げる。


 縫は初めて“痛み”を覚えたような震えを見せた。

 核に走る黒光が、明らかに乱れている。


 (誰だ……!)


 荒れた地面を踏みしめ、一人の男が姿を見せた。


 黒い短髪、体を覆う軽装の鎧。

 右腕には深い傷跡、そして左手には刃の杖。


 「……やっと追いついたか。」


 綾が低くつぶやく。


 「……発見者《五位》、鏡刃きょうじんアサル。」


 リセルは青ざめた。


 「ア、アサルさん……なんで……ここに……」


 アサルは彼女の問いを無視し、まっすぐ縫に刃を向けた。


 「未成体のモノ。

  危険度、レベル4以上。

生かす理由はない。」


 「待ってください!」

 繋が叫ぶ。


 「こいつは――縫は、俺が名前を与えた。

  結びつけられる可能性がある!」


 アサルの目が、わずかに細くなる。


 「……けいか。

  新人が妙な夢を見てる。」


 「夢じゃありません!」


 アサルは冷たく言い放つ。


 「覚悟しろ、繋。

  “モノ”と接触して情を抱く発見者は――まず死ぬ。

  お前も例外じゃない。」


 その言葉には、無慈悲さと……一瞬だけ、悲しみが混じっていた。


 綾が杖を構える。


 「アサル、やめなさい。

  まだ縫はナニカじゃない!」


 「黙れ綾。」

 アサルは一歩、前へ出た。


 「俺は……二年前、仲間を“未成体のモノ”に殺されている。

  中途半端な情で生き物を救えると思った馬鹿が――

  全員を死なせた。」


 その声は刺々しいが、深い傷が染み込んでいた。


 繋は縫の前に立ちはだかる。


 「どんな理由があっても……

  まだ【ナニカ】になってないモノを切り捨てるのは違う!」


 アサルの視線が鋭くなる。


 縫は繋の背後で、怯えるように影を縮めた。

 その仕草だけ見れば、ただ守られたいだけの子どもだ。


 しかし――


 アサルの足元に影が一瞬伸びた。


 縫が“本能的”に攻撃しようとしたのだ。


 アサルは瞬時に斬って影を払い、


 「見ろ。

  成長すれば一瞬で人が死ぬ。

  だから殺す。」


 繋は叫ぶ。


 「俺が止める!

  俺が結びつける!

  だから、待ってくれ……!」


 アサルは冷たく答えた。


 「――三秒だ。

  三秒で“結びついた証”を見せろ。

  できないなら俺が殺す。」


 リセルが震える声で言う。


 「けい……! 三秒なんて無理……!」


 綾は繋を見て低く言った。


 「やるなら……本気で行くしかないわよ。

  これはあなたの命も縫の命も、どちらも賭けになる。」


 繋はうなずく。


 縫は繋の手を、黒い影のような指でそっと触れた。

 震えていた。


 (怖いのか……

  でも、それなら――)


 繋は縫の核に手を触れ、深く息を吸った。


 「縫。

  俺はお前と――繋がる。」


 白光が、導標から縫に流れ込む。


 アサルがわずかに眉を上げる。


 「……!」


 リセルが息を呑む。


 綾は杖を強く握る。


 縫の身体から黒霧が一気に吹き上がり、空へ伸びる。


 繋の心臓に、縫の“感情”が一瞬流れ込んできた。


 孤独。

 寒さ。

 名前を求める声。

 繋を呼んだ理由。


 そして――


 ……ケイ……イタイ……コワイ……

  ワタシ……ケイ……ホシイ……


 繋は歯を食いしばり、声を重ねた。


 「大丈夫だ……縫。

  俺が、お前を――世界に縫う!」


 黒光が一気に爆ぜ、

 縫の核に白い光が絡みつく。


 アサルが刃を空に構え、


 「――時間切れだ。」


 と言い放った。


 縫が叫ぶ。


 繋も叫ぶ。


 そして光が――森全体を飲み込んだ。

作者の一言

縫って名前結構適当に決めたんですよね。朝起きたときに裁縫道具おいてあったからって理由です。

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