ep13 影を絶つ者
名を取り戻した瞬間――
繋の世界は一気に色を取り戻した。
空気は重く、冷たく、しかしはっきりと“触れられる”。
音は鋭く届き、心臓の鼓動が確かに胸を叩く。
自分が世界に“存在している”と分かる。
それは、かけがえのない感覚だった。
導標が光をまとって手に吸い付くように馴染む。
まるで久しぶりに帰ってきた友達みたいに、ぴたりと。
影の記録者は、その光に怯んだように揺れた。
> 「名の再構築など……許されぬ……!!」
その叫びに、綾が鼻で笑う。
「許可なんて必要ないわ。
“生きたい”と思う者の意志は、世界にとって最上位の力よ。」
繋はリセルをそっと背後に下がらせ、前へ踏み出した。
「綾さん、少し休んでてください。
ここからは……俺の仕事です。」
綾は短く頷く。
「行きなさい。
新しい“名”の力を――見せてあげて。」
――――――――
影が巨大な腕を何本も生み出し、空間ごと叩き潰そうと迫る。
だが――繋の視界は、驚くほど冷静だった。
腕の軌道。
重心の影。
空間の歪み。
すべてが、透けて見えるように感じる。
(これが……名が与える“定着”の力か。)
名を得ることで、世界との繋がりが格段に強まる。
それは同時に、世界の情報を“受け取れる”ということ。
繋は軽く息を吸う。
右足に力を込め、空間を蹴る。
瞬間――身体が風より速く走った。
影の巨大な腕をすり抜け、刃の根本を一撃で断つ。
黒い影が火花のように散った。
> 「ぐ……!?
> 名を得た発見者が……これほどまで――!」
繋は構え直し、静かに言った。
「俺の名は“繋”。
奪われた名を取り返し、
断たれた縁を戻すための名だ。」
影がざわめく。
そのざわめきは恐怖に満ちていた。
――――――――
戦いながら、繋は後ろにいるリセルに目を向けた。
彼女の胸の真名はまだ光っている。
“名を創造する”という異質な力が脈動し続けている。
だが――その光は少し弱って見えた。
(……まだ負荷が残ってる。
俺が早く片付けないと、彼女の“名”が軋む。)
リセルは繋の視線に気づくと、小さく微笑んだ。
「大丈夫……!
今の私は、あなたの名前を呼べるだけで強くなれるんだから。」
その言葉が、繋の背中を押す。
胸の奥が熱くなり、世界がより鮮明に色づいた。
「リセル……ありがとう。」
繋は影へと向き直り、導標を構えた。
――――――――
影の記録者が狂ったように叫ぶ。
> 「名は管理されるべきだ!!
> 勝手な命名は世界の秩序を壊す!!
> 名は枠であり、檻であり、制御装置……
> 自由な名付けなど――存在の反逆だ!!」
その叫びに、繋は冷たい声で返す。
「檻じゃねぇよ。
名は――“生きるための旗”だ。」
その瞬間、影が全身を膨張させた。
黒い霧が渦を巻き、無数の顔が浮かび上がる。
忘れられた者たちの断末魔が重なり合い、空間が軋む。
綾が息を呑む。
「……本体が出てきたわね。
あれはもう、“記録者”じゃなくて……
――“忘却そのもの”。」
影は無数の腕を伸ばし、繋へ一斉に襲いかかる。
――――――――
繋は身体を低く構え、導標を前に出した。
「――《名糸術・第一段階》。」
目に見えない細い光の糸が、導標から放たれる。
リセルが驚いた声を上げる。
「糸……? 光の……糸……?」
綾が説明した。
「繋の名は“縁を繋ぐ者”。
その権能は、“対象の存在線を視る”こと。」
繋の視界には、影の身体を走る無数の黒い線が見えていた。
それらは影の記憶の束、力の根源。
(あれを断てば……)
繋は地面を蹴って跳び上がり、空中で導標を振り抜く。
光の糸が影の中心に向かって突き刺さった。
> 「が……ああああああああああ!!!!!」
黒い霧が爆ぜるように散る。
繋は糸を一気に引き寄せ、叫んだ。
「――切断!!」
影の身体を走る一本の黒い線が、光に焼かれるように切れた。
影が大きく崩れ落ちた。
――――――――
怒り狂う影が、最後の力で巨大な腕を振り下ろす。
繋はできる限りの力を込めて、導標を逆手に構えた。
「リセル、綾さん――下がってください!!」
繋は影を見据える。
「終わりだ……影の記録者。」
影が吠える。
> 「名の……反逆者が……!!」
繋は迷わず踏み込み――
導標に宿る光を、真っ直ぐ影の中心に突き立てた。
「――繋ぐために。
そして、断つために。」
白い光が爆発し、影は音もなく霧散した。
空間に長い沈黙が訪れた。
――――――――
繋はゆっくりと振り返る。
リセルが泣き笑いの顔で駆け寄ってきた。
「繋……!!」
その名前が胸にしっかりと響く。
世界も、それを確かに受け止める。
繋は笑った。
「……悪くない名前だ。」
リセルは涙を拭きながら胸を張る。
「でしょ?」
綾も歩いてきて、微笑む。
「本当に……よくやったわね、繋。」
その言葉が、まるで祝福の鐘のように響いた。
こうして、識――いや“繋”としての二度目の人生が確立した。
だが、その瞬間。
空間の彼方で――
新たな黒い光が“点滅”した。
綾が顔を強張らせる。
「……次の“忘れられたモノ”が、もう動き始めてる。」
繋の物語は、まだ始まったばかりだった。
作者の一言
簡単に言えばここで第1章というか序章が終わりです。こっからどんどん続けていこうと思ってます!




