ep12 名の創造
リセルの手が、識の胸の上で微かに震えていた。
それは恐れではなく、“責任の大きさ”を理解している震えだった。
彼女の唇が、そっと動き始める。
> 「――あなたの新しい名は。」
世界が息を止めたように静かになる。
白い空間も、戦いの衝撃音も、影のざわめきさえ止まった。
名付けとは、世界に“存在の核”を投げ込む行為。
名づけられた瞬間、その音は世界と魂を結ぶ絶対の糸となる。
リセルは続けようとして――
しかし、言葉を飲み込んだ。
「……ごめん。
すぐに言いたいのに、言えない……」
識は驚いたように眉を上げる。
「どうした?」
リセルの瞳が揺れていた。
「名前って、簡単につけちゃいけないんだって……
今すごく分かってるから……
あなたを“ただ生かすための名前”なんて、絶対言いたくないの。」
……ああ。
識の胸が、強く締めつけられる。
そんなことを考えていたのか。
リセルは続ける。
「名前は、呪いにも祝福にもなる。
あなたがこれから歩く人生を縛るかもしれないし、支えるかもしれない。
だから――
軽い気持ちじゃ言えないの。」
その言葉の真剣さに、識はしばし言葉を失った。
そして、静かに笑った。
「……そんなふうに考えてくれるなら、もうそれだけで十分だよ。」
リセルは首を振る。
「だめ。
あなたを世界に戻したいだけじゃイヤなの。
あなたに、ふさわしい名前をつけたい。」
その瞬間、影が咆哮した。
> 「ふさわしい名?
> 名なき者に価値などない。」
影の腕が伸び、リセルを引き裂こうと迫る。
だが、綾が白い刃を十字に振り、その攻撃を弾いた。
「時間を稼ぐから、早く――!」
綾が歯を食いしばる。
半影の身で巨大な影と戦っている負担は想像を絶する。
識は叫ぶ。
「リセル、考えなくていい! 俺は――」
「だめ!!!」
リセルは涙を飛ばして叫んだ。
「あなたを“正しく呼びたい”の!
私は……あなたを失いたくない!!」
その声は、世界を震わせた。
――――――――
その瞬間だった。
リセルの胸の真名が、再び輝きを増した。
彼女の中で“名の力”が循環し始める。
リセルは苦しそうに胸を押さえる。
「……あ……
な、なんだろ……
胸の奥が……光って……」
綾が驚愕の声を出した。
「リセル、それは……!
あなたの真名が“生成者”の権能を持ち始めてる!」
識も息を飲む。
「真名が……権能を……?」
綾は影を押し返しながら叫ぶ。
「リセルの真名、覚えてる?
“リセル=リセル”。
それは本来、“自分の名を定義し直す”という危険な特性があったの。
でも識が結び直したことで――
その力が“他者の名まで創造できる形”に変化したのよ!」
識はリセルを見つめた。
少女の胸から溢れる光が世界を照らし、白い空間を満たしていく。
リセルは、苦しそうに顔を上げた。
「そっか……
だから、こんなに胸が痛いんだ……
名前って、“命”だから……」
識は急いで彼女の肩を支える。
「無理なら言わなくていい。
俺は――」
しかしリセルは首を横に振る。
「言うよ。
だって……あなたがいない世界なんて、嫌だから。」
その言葉に、識は完全に返事を失った。
――――――――
影の記録者が、耐え切れず怒号を放つ。
> 「黙れ!!
> 名の創造など許されぬ行為!!
> 世界の均衡を――」
綾が鋭く言い放つ。
「均衡はね、
“生きたい”って願う者が作るものよ。」
その言葉は、リセルの背中を押した。
少女は識の胸にもう一度手を重ね、息を整える。
そして――
世界そのものに語りかけるように、静かに名を紡いだ。
――――――――
> 「あなたの名前は――
> 繋。」
――――――――
その音は、ただの音ではなかった。
それは光となり、糸となり、識の魂と世界を結びつける“核”となった。
識――いや“繋”の胸の奥に、熱が流れ込む。
世界が呼んだ。
存在が戻った。
名前が、自分に触れる。
リセルが震える声で笑う。
「……これが、あなたの名前。
“繋ぐ者”って意味。
だってあなたは……
いつも誰かと誰かを、世界と人を、
絶対に切り離さない人だから。」
繋は胸を押さえ、息を呑んだ。
それは“識”とは違う。
でも、確かに自分だと分かった。
新しい自分の音が、胸の中心に居座っていた。
――――――――
影が絶叫する。
> 「名付けの儀が……完了した……だと…‥!?」
綾は口元に笑みを浮かべる。
「おめでとう、繋。
あなたは、再び世界の住人よ。」
繋は立ち上がる。
名を得た瞬間、導標が強烈に光を放ち、完全同調した。
溢れ出る力。
戻ってきた存在の重み。
これなら――戦える。
繋は導標を構え、影へ歩み出す。
「さて……
“名を奪う影”さんよ。」
影が怯えたように後ずさる。
> 「貴様……名を得た途端……!」
繋は笑った。
「――奪ったぶん、まとめて返してもらうぜ。」
作者の一言
ここ作ってるときとか書いてるときから結構好きなんですよ。




