第1話 死んでも死なない侯爵令嬢
侯爵令嬢エリス・ヴァレンシュタインは、今日も冷たい処刑台の上に立っていた。
「エリス・ヴァレンシュタイン、死を以て汝の罪を償え――!」
首を切り裂く刃の冷気が頬をかすめたその瞬間、彼女は――死ななかった。
――え?
目を開けると、見慣れた大理石の床。天井のステンドグラス。冷たい風に舞う花びら。処刑の日、まさにその朝に戻っていた。
「……え? 死んだはずじゃ……?」
エリスは小さく息を呑み、周囲を見渡す。屋敷の庭。侍女たちのざわめき。時間が巻き戻っていることを、体と五感が否応なく証明していた。
数秒の混乱の後、理性が冷たく働く。
「……なるほど。私は……死んでも、死なない?」
そう、彼女は気づいたのだ。繰り返される処刑、暗殺、毒殺――どれも、死の直前で時間が巻き戻る。例外はない。
だが、この“死に戻り”は単なる偶然ではない。直感的に、エリスは理解した。
――これはハードモードの世界だ、と。
侯爵令嬢である彼女は、表向きは貴族社会の名門。だが裏では、陰謀、嫉妬、そして“破滅フラグ”の嵐に巻き込まれていた。婚約破棄の冤罪、王族への裏切り、聖女の嫉妬……死に戻りの理由は、世界のシステムそのものにあるらしい。
「……ふふ。仕方ないわね、ハードモードならハードモードらしく遊ばせてもらうわ」
エリスは小さく笑い、冷たい瞳を鋭く光らせた。これから繰り返される死の経験こそ、彼女に攻略法を教えてくれると理解していたからだ。
その日の夜、侯爵邸の書斎で、エリスは一枚の紙を手にした。
――婚約破棄を告げる王子の文書。
――聖女からの冷たい手紙。
――そして、暗殺者の痕跡。
すべては次の死を阻止するための攻略ヒントである。エリスは歯を食いしばる。
「……この世界、甘くはないわね。でも、無理じゃない。私は、知恵で勝つの」
翌朝、侯爵邸の大広間。運命の再演が始まった。王族、聖女、騎士、そして暗殺者――誰も、エリスが“死んでも死なない令嬢”であることを知らない。
刃を向けられる瞬間、彼女は微笑む。
「さあ、ハードモードの攻略開始よ――!」
その微笑みは、運命すら震わせる。死に戻るたびに強くなる少女。悪役令嬢エリス・ヴァレンシュタインの戦いは、今、始まったばかりだった。