第六話 雨降る放課後
ホームルームが終わると、僕はすぐに教室を出た。速足で昇降口へ向かう。美咲はまだいないようだ。
靴を履いて、隅の壁に寄りかかった。雨はまだ止まない。
十分くらい経っただろうか。昇降口付近にぽつぽつと人が集まり始めた。
「あ、涼太!」
声のする方を向くと、美咲が手を振っていた。
「美咲」
近寄ってみると、隣にはジャージ姿の小柄な女の子が立っていた。
「えっと……」
「あ、この子、紗月ちゃん」
紹介されたその子は、軽く頭を下げた。
「えっと、五十嵐紗月です。二組です」
「一組の飛田涼太です」
僕も同じように頭を下げる。飛田くん、と彼女は繰り返しつぶやいた。
「飛田くんとみーちゃんはどういう繋がり?」
「小学校の同級生。涼太はそのあと引っ越したから、私たちの中学とは違ったけど」
「あ、なるほど」
五十嵐さんは一瞬僕を見て、すぐに美咲へ視線を戻した。
「美咲と五十嵐さんは、中学が同じ?」
「そうそう、今でもよく五組に遊びに来てくれるの」
美咲はそう言って、五十嵐さんの手をとった。二人は顔を見合わせて笑う。二人の仲の良さがひしひしと伝わってきて、少し嫉妬した。
「じゃあ、私、部活あるから」
五十嵐さんはこっちを向いたまま少し下がった。サラサラな髪が揺れる。
「じゃあね、みーちゃん」
「うん。バスケ頑張ってね」
美咲が手を振ると、五十嵐さんも手を振った。
「飛田くんも、じゃあね」
「うん、また」
僕も二人と同じように手を振った。
五十嵐さんの姿が見えなくなると、美咲は靴を履いて傘を手に取った。
「よし、じゃあ帰ろっか」
彼女は小走りで昇降口を出る。
「早く!」
雨の下で笑う彼女は、やっぱり綺麗だ。僕も小走りで追いかけ、その隣に並んだ。
「……それでね、うちのクラス内にもう二組もカップルができてて」
「それは早すぎだね」
「ほんとそう。よくそんな短期間で付き合うまで行けるよなって。なんか羨ましいや」
美咲との会話は途切れない。バイトの面接はもちろん楽しみだが、それでもこの時間が永遠に続けばいいと思ってしまう。
「美咲は彼氏が欲しいの?」
「別にそういうわけじゃないけど。でも簡単に誰かを好きになって簡単に付き合えるのって、幸せだなあって」
「馬鹿にしてる?」
からかうように言ってみると、彼女は頬を膨らませた。
「してないよ。これ、本気で言ってる」
「じゃあ誰か付き合いたい人がいるの?」
少し間があいた。さっきまでのようにテンポよく返事が来ると思っていたから、少し戸惑った。
「付き合いたい……わけじゃないかな。ただちょっと、気になるだけ」
彼女は少し笑った。けれどその笑顔は、どことなく切ない。
――ああ、またか。
美咲は強がりだから、素直には言わない。だけど僕には分かる。彼女は、恋をしている。その相手は、僕じゃない。
また僕は、ただの友達止まりだ。
胸が苦しくなって、別の話題を探す。
「……そういえば、今日新しい友達ができたんだ」
「へえ、どんな人?」
「一見ちょっと怖そうなんだけど、話すとすごい面白い人。雨のこと、空が泣いてるっていうんだ」
「え?」
「変でしょ。寺坂幸大っていうんだ。中学聞き損ねたけど、美咲と同じだったりする?」
彼女は目を見開いた、ような気がした。けれど今の美咲は、普通の柔らかな表情をしている。
「同じだよ。中二のとき仲良かったの。面白いよね、幸大くん」
「うん、すごい面白い。まだそんなに知らないけど、僕は幸大のこと、結構好き」
「そっか」
美咲は空を見上げ、傘を閉じた。いつの間にか、雨は止んでいる。
「私も好きだよ、幸大くん」
やっぱり、僕と美咲の好みは似ている。好きな人が、自分と同じ人を気に入ってくれるのは嬉しい。
「美咲も気に入るだろうなって思ってたんだ」
美咲は何も言わなかった。というより、聞こえていないようだった。
「美咲?」
美咲は、どこか遠くを見ていた。