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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【幸大 side ④】
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涙の匂い

 終業式が終わり、クラスでのホームルームが終わった。徐々に人が減っていく教室で、俺はぼんやりと外を見る。


——雨、止みそう。


「うぇーい。春休みだぜ!」


 スキップをするように軽い足取りで、山本がやってきた。そのまま、空いている前の席に座る。


「なあなあ、寺坂は春休みなにすんの?」

「部活」

「それは分かってんだよ。そうじゃなくて、オフの日とかさあ」


 空が、少し明るくなったような気がする。

 教室を見渡す。まだそこそこに人はいるが、みんなはしゃいでいて、周囲のことなど気にしていない。

 外に視線を戻す。


「なあ、山本」

「あ?」

「ゲイとかってどう思う?」


 返事はなかった。山本に視線を移す。


「なんだよ、急に」


 案外、表情は変わっていなかった。


「別に。気になっただけ。それで、どう思うんだよ?」


 正直、心臓はバクバクしていた。引かれるくらいならまだいいが、変に勘ぐられて距離を取られては困る。


「まあ、どうでもいいな。俺には関係ない」


 山本は、いつもと変わらない口調で言った。その悪気のない言い方に、胸が痛む。


「……関係あるかもしれないだろ。いつか、男に告られることがあるかもしれない。その時、山本はどう思う? キモイとか、面倒臭いとかって思うか」


 思わず、聞いてしまった。


——ミスったか……?


「あ? そんなの決まってるだろ」


 怖くなって、視線を外に戻す。次の言葉を待った。


「嬉しいに決まってるだろ」


 予想外の返答に、俺はパッと山本を見た。相変わらずのアホ面だ。


「……男だけど?」

「男とか女とか関係ねえ。どっちでもいいからとにかくモテたい。非モテなめんなよ!」


 山本はこぶしを握り締め、わなわなと震えながら言った。

 思わず、噴き出してしまう。


「笑った? 寺坂てめえ、今笑っただろ」

「あはははは!」


 思いっきり笑った。周りが振り向いたが、もう気にしない。


 五十嵐さんの言う通りだ。みんなに分かってもらえなくたって構わない。分かってくれる人がいれば、それでいい。


——そんな友達を、大切にしたい。


 俺は山本を見ながら、そう思う。

 振り向いたクラスメイトたちは、各々の会話に戻っていった。


「おい。笑いすぎだぞ」

「山本ってほんと単純だよな」

「馬鹿にしてるだろ。なあ。俺の切実な願いを馬鹿にしてるだろ!」


 山本が声を張り上げる。周囲がまた振り向き、何事もなかったかのように戻っていく。

 そんな中、一人、背の高い男子が近づいてきた。


「お疲れ、幸大」

「おう、涼太」


 俺が呼びかけると、山本は涼太の方を見て、甘ったるい声を出した。


「なあ、飛田。寺坂ひでえんだよ。俺の切実な願いを馬鹿にするんだよ」


 涼太は昼休みにこのクラスに来るうちに、山本と仲良くなっていた。


「なに? 切実な願いって」

「なんでもいいから、とにかくモテたい」

「っぷ」


 山本の切実な願いを聞いて、涼太は噴き出した。


「おまえも笑うのかよ。まあそうだよな。おまえにはあんな可愛い彼女がいるもんな。俺のことなんか、分かっちゃくれねえよな!」


 山本は、また大声でわめき出した。もう、誰も振り向かない。


「どうしたら恋人ができるんだ!」


 教室中に、山本の声が響く。涼太は、腹を抱えて笑っている。

 無邪気な笑顔。その眩しさに、まだ、胸がキュッと締め付けられる。


 とっくに諦めはついている。塚田さんと五十嵐さんと、それから涼太。大切な友達として、ずっと一緒に過ごしていきたいと思う。だけど。

 もう少し、もう少しだけ、このまま。


——好きでいさせて。


 開いた窓から、暖かい風が流れてくる。

 雨上がりの空は、まだほんのりと、空の涙の甘い匂いがする。

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