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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【幸大 side ④】
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金魚の店

「お揃いなんだね」


 ボウリングからの帰り。電車に揺られながら、俺は口を開く。


「ああ、これ? 涼太がくれたの。学校につけていけないから、休みの日だけつけてるんだ」


 隣に座る塚田さんは手を掲げ、嬉しそうに言った。窓から入ってくる光に照らされたガラスは、透き通った水のようだ。その中に、真っ赤な金魚が泳いでいるのが見えた。


「小赤だね」


 思わず、口が動く。


「こあか……?」

「その金魚だよ。小さい赤で、小赤。和金の稚魚で、金魚すくいによくいるやつ」

「へえ」


 塚田さんはガラスの中の金魚をじっと見つめた。


「幸大くん、詳しいんだね。金魚」

「まあね。塚田さんも、金魚好きなの?」

「うん、好きだよ。種類とかは、全然分かんないんだけど。でも、やっぱこの子が好きだな。小赤ちゃん」


 塚田さんは、金魚を可愛がるように指輪をなでた。


「小学生のころ、よく涼太と金魚すくいしてたんだ。近所の雑貨屋さんみたいなお店で、やらせてもらえて」


 そう言われたそのとき、脳裏に小さいころの記憶がよぎった。


「その店、知ってるかも」


 思わずつぶやくと、塚田さんはのめりで目を輝かせた。


「え、知ってる? なんか、すごく古風な、金魚ばっかりの」

「不愛想なじいさんの?」

「そう!」


 塚田さんは、今にも立ち上がりそうなほど興奮した様子で、大きくうなずいた。


——じいちゃん……。


 間違いない。じいちゃんの店だ。

 たくさんの金魚がいた。汚らしい店だったけど、店中に飾られた金魚たちはいつだって輝いていた。


「なんか、嬉しいな。もうなくなっちゃったから、なんか、わたしと涼太の記憶の中にしか存在しない気がしちゃってて」


 塚田さんが、懐かしそうに遠くを見つめる。


「存在してたよ」


 俺も遠くを見るようにして、言った。


「ちゃんとあったよ。俺も、大好きだったんだ」


 目を閉じる。記憶の中のじいちゃんは、やっぱり笑わない。だけど手を伸ばし、俺の頭をくしゃくしゃとなでてくれた。

 目を開けると、柔らかな日差しが視界を包み込む。塚田さんは俺に微笑んでから、ペットボトルを取り出してごくっと水を飲んだ。

 姿勢がいいから、その様子だけで様になる。


「塚田さんは、金魚みたいだね」


 そう言うと、塚田さんは首をかしげながら、ペットボトルの蓋を閉めた。


「変なこと言うね。わたし、そんな小柄じゃないよ?」

「サイズ感じゃないよ」

「じゃあ、なんで?」


 俺は顎に手を当てる。


——そう聞かれると、困る。


 特に理由があったわけじゃない。ふとそう思ったから、言ったのだ。

 しばらく考えてから、思いついたものを言ってみる。


「水がよく似合うから」


 塚田さんはパチクリと瞬きをし、ははは、と笑う。


「何それ。意味わかんない」


 きっと冗談と受け取られたかもしれない。でも、本気でそう思った。

 透明でひんやりとした水は、塚田さんを連想させる。彼女の爽やかさや凛としたふるまい、混じり気のない真っすぐな言葉、ほのかに香る甘い匂い。

 なんとなく、塚田さんを思い出す。


——ああ、そうか。


 最初に話しかけてくれた、あの日。告白をしてくれた、あの日。どっちも、雨が降っていた。

 どんよりとした雨の空気も、彼女が笑うだけで輝く光の粒になる。


——水というか、雨が似合うんだ。


「水が似合うのは、幸大くんの方でしょう? いつもプールにいるんだから」

「ああ、たしかに」

「でも、金魚ではないね。そうだな……イルカ、かな」

「なんで?」

「んー、なんでも!」


 塚田さんは笑う。よく分からないまま、釣られて俺も笑った。

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