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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【紗月 side ④】
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大事な友達

 朝の廊下は、まだ人が少なくて静か。

 そんな中、わたしは三人の女子に囲まれていた。他クラスの子たちだろうけど、見覚えはない。


「何か用ですか」


 中央にいる子は、わたしの顔から足先まで、品定めをするように見ている。

 しばらくして、その子はにやりと笑った。人を小馬鹿にするような、いい気のしない笑い方だと思った。


「五十嵐さんってさ。なんでいつも、あの三人と仲良くしてるの?」


 唐突な問いかけに、思考が止まる。


「……なんでって?」

「いや〜。だって、ねえ」


 彼女たちは目を見合わせて、小さく笑い合った。


「まあ、飛田くんは言わずもがなだけど、塚田さんもかなりの美人じゃん。だからこそ、あのカップルが許されてるわけでさ」

「寺坂くんもさ、あの筋肉質で硬派な感じ? 正直、うちらのクラスでも“カッコいい”って話題になってるし」

「三人ともさ、うちらみたいな他クラスの人間でも名前知ってるくらい、目立つ存在なわけよ」


 彼女たちはそう言って、じっとこちらを見る。


「……それで?」


 静かに問い返すと、また顔を見合わせて、クスクスと笑った。


「いや、別にね。五十嵐さんが可愛くないって言ってるわけじゃないのよ。おしゃれだし、明るいし、いい子だとは思う。でもさ」


 少しだけ間を置いて、言葉を畳みかけてくる。


「あの三人とは、釣り合ってなくない?」


 胸の奥がチクリと痛んだ。


——わかってるよ、そんなの。


 そのときだった。


「五十嵐さん、おはよう」


 低く落ち着いた声が、後ろから聞こえた。咄嗟に振り向くと、寺坂くんが鞄を肩にかけたまま、こっちを見ていた。


「寺坂くん……」

「お取り込み中……デスカ」


 寺坂くんはなぜかカタコトで、少しだけ首をかしげながらそう言う。


「いやー、そんなんじゃないけど。ちょっと、五十嵐さんに聞きたいことがあって」


 また、中央の子が口を開く。この子が、三人のリーダー的立ち位置なんだろう。


「聞きたいことって、ナニ、ですか?」

「なんで五十嵐さんは、寺坂くんたちと一緒にいるのかなって。ねえ?」


 同意を求められて、両隣の女子は大きくうなずく。


「そうそう。他意はないよ。ただ、純粋な疑問として……」


 彼女たちが言いかけたそのとき、寺坂くんはきっぱりと言った。


「友達だからっすよ。それ以外、何かある?」


 その一言に、彼女たちは言葉を失ったようだった。


「え……?」


 戸惑ったように顔を見合わせる。


「あ。もしかして、友達いない……?」


 寺坂くんの予想外の一言に、わたしは思わず吹き出してしまった。でも、寺坂くん自身は煽っているつもりはなさそうだ。


「と、友達くらいいるし! うちら、友達だし!」


 彼女たちは慌てたように言い返す。


「じゃあ、なんで分からないんだ……?」


 首を傾げる寺坂くん。わたしは笑いを堪えるので必死だった。


「いや……どう見ても釣り合ってないじゃん?」

「……俺が、無愛想だから?」

「は……?」

「確かに俺は、いつも明るくて素直な五十嵐さんとは、釣り合ってないかもしれない。でも、大事な友達です」


 その声は、静かだけれどはっきりと響いた。彼女たちは完全に言葉をなくして、ただ立ち尽くしていた。


「……だから、口出ししないでください。俺の大事な友達、奪わないで」


 しばらく、気まずい空気が廊下に漂った。

 それから、ようやく我に返ったように、彼女たちは無言で去っていった。


「あはははは!」


 わたしは笑った。さっき我慢してた分、思いっきり。


「え、何? どうしたの」


 寺坂くんは、目を丸くしている。


「いや、だってさ……ふふ」


 わたしは一度深呼吸をして、笑いを落ち着かせた。


「寺坂くんって、だいぶ天然なんだね」

「そうかな」

「前から、ちょっとは思ってたけどさ。さっきのは、想像以上だった」

「どこら辺が?」

「全部。特に“大事な友達”とか……普通、言えないって」

「そうなのか」


 彼は変わらない調子で返す。本当に不器用で真っすぐで、面白い人だ。


「……ありがとね」

「何が?」

「助けに来てくれたんでしょ?」

「たまたま、通りかかっただけだよ」

「でも、話しかけてくれたのは“たまたま”じゃない。女子と話すの苦手なのに、わざわざ話しかけてくれたんでしょ」


 彼は少しだけ視線をそらした。


「……女子と話す訓練を、しようと思っただけ」

「ごまかすの、下手すぎ」


 くすっと笑うと、彼の肩がほんの少しだけ揺れた。笑ったんだと思う。

 わたしは、彼女たちが去って行った方を見る。もちろん、もうその姿はない。だけど、言われた言葉は、やっぱりここに残ってる。


「……わたしこのまま、みんなと仲良くしてていいのかな。みんなにとって、わたしは必要なのかな」


 ぽつりと、思っていたことが口からこぼれた。

 寺坂くんは、たぶんこっちを見ていた。だけど、なぜだか目を合わせられない。


——釣り合ってない、か。


 彼女たちの言ったことは、どこか正しいような気もしていた。


「さっきも言ったけど、五十嵐さんは俺の大事な友達だよ。五十嵐さんの明るさと真っ直ぐな言葉に、救われてきたんだ」


 その言葉に、わたしは思わず顔を上げた。目が合う。


「ほんとに? わたしが、救ってきた?」

「ほんとだよ。涼太も塚田さんも、そうなんじゃないかな」


 寺坂くんの目は、どこまでも真っすぐで。この人が嘘をつけない人だと、わたしは知っている。


「そうかな」


 少し間を置いて、彼は言った。


「絶対に、そうだよ」


 “絶対に”なんて言い方、寺坂くんにしては珍しい。でも、今のわたしが一番ほしかった言葉だった。


「無責任だな、“絶対に”なんて」


 そう言いながら、思わず笑みがこぼれそうになる口元を手で隠す。


「俺もそう思うよ」


 彼は、やわらかく笑った。

 最初の頃だったら絶対に見せてくれなかった、無邪気な笑顔だった。

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