大事な友達
朝の廊下は、まだ人が少なくて静か。
そんな中、わたしは三人の女子に囲まれていた。他クラスの子たちだろうけど、見覚えはない。
「何か用ですか」
中央にいる子は、わたしの顔から足先まで、品定めをするように見ている。
しばらくして、その子はにやりと笑った。人を小馬鹿にするような、いい気のしない笑い方だと思った。
「五十嵐さんってさ。なんでいつも、あの三人と仲良くしてるの?」
唐突な問いかけに、思考が止まる。
「……なんでって?」
「いや〜。だって、ねえ」
彼女たちは目を見合わせて、小さく笑い合った。
「まあ、飛田くんは言わずもがなだけど、塚田さんもかなりの美人じゃん。だからこそ、あのカップルが許されてるわけでさ」
「寺坂くんもさ、あの筋肉質で硬派な感じ? 正直、うちらのクラスでも“カッコいい”って話題になってるし」
「三人ともさ、うちらみたいな他クラスの人間でも名前知ってるくらい、目立つ存在なわけよ」
彼女たちはそう言って、じっとこちらを見る。
「……それで?」
静かに問い返すと、また顔を見合わせて、クスクスと笑った。
「いや、別にね。五十嵐さんが可愛くないって言ってるわけじゃないのよ。おしゃれだし、明るいし、いい子だとは思う。でもさ」
少しだけ間を置いて、言葉を畳みかけてくる。
「あの三人とは、釣り合ってなくない?」
胸の奥がチクリと痛んだ。
——わかってるよ、そんなの。
そのときだった。
「五十嵐さん、おはよう」
低く落ち着いた声が、後ろから聞こえた。咄嗟に振り向くと、寺坂くんが鞄を肩にかけたまま、こっちを見ていた。
「寺坂くん……」
「お取り込み中……デスカ」
寺坂くんはなぜかカタコトで、少しだけ首をかしげながらそう言う。
「いやー、そんなんじゃないけど。ちょっと、五十嵐さんに聞きたいことがあって」
また、中央の子が口を開く。この子が、三人のリーダー的立ち位置なんだろう。
「聞きたいことって、ナニ、ですか?」
「なんで五十嵐さんは、寺坂くんたちと一緒にいるのかなって。ねえ?」
同意を求められて、両隣の女子は大きくうなずく。
「そうそう。他意はないよ。ただ、純粋な疑問として……」
彼女たちが言いかけたそのとき、寺坂くんはきっぱりと言った。
「友達だからっすよ。それ以外、何かある?」
その一言に、彼女たちは言葉を失ったようだった。
「え……?」
戸惑ったように顔を見合わせる。
「あ。もしかして、友達いない……?」
寺坂くんの予想外の一言に、わたしは思わず吹き出してしまった。でも、寺坂くん自身は煽っているつもりはなさそうだ。
「と、友達くらいいるし! うちら、友達だし!」
彼女たちは慌てたように言い返す。
「じゃあ、なんで分からないんだ……?」
首を傾げる寺坂くん。わたしは笑いを堪えるので必死だった。
「いや……どう見ても釣り合ってないじゃん?」
「……俺が、無愛想だから?」
「は……?」
「確かに俺は、いつも明るくて素直な五十嵐さんとは、釣り合ってないかもしれない。でも、大事な友達です」
その声は、静かだけれどはっきりと響いた。彼女たちは完全に言葉をなくして、ただ立ち尽くしていた。
「……だから、口出ししないでください。俺の大事な友達、奪わないで」
しばらく、気まずい空気が廊下に漂った。
それから、ようやく我に返ったように、彼女たちは無言で去っていった。
「あはははは!」
わたしは笑った。さっき我慢してた分、思いっきり。
「え、何? どうしたの」
寺坂くんは、目を丸くしている。
「いや、だってさ……ふふ」
わたしは一度深呼吸をして、笑いを落ち着かせた。
「寺坂くんって、だいぶ天然なんだね」
「そうかな」
「前から、ちょっとは思ってたけどさ。さっきのは、想像以上だった」
「どこら辺が?」
「全部。特に“大事な友達”とか……普通、言えないって」
「そうなのか」
彼は変わらない調子で返す。本当に不器用で真っすぐで、面白い人だ。
「……ありがとね」
「何が?」
「助けに来てくれたんでしょ?」
「たまたま、通りかかっただけだよ」
「でも、話しかけてくれたのは“たまたま”じゃない。女子と話すの苦手なのに、わざわざ話しかけてくれたんでしょ」
彼は少しだけ視線をそらした。
「……女子と話す訓練を、しようと思っただけ」
「ごまかすの、下手すぎ」
くすっと笑うと、彼の肩がほんの少しだけ揺れた。笑ったんだと思う。
わたしは、彼女たちが去って行った方を見る。もちろん、もうその姿はない。だけど、言われた言葉は、やっぱりここに残ってる。
「……わたしこのまま、みんなと仲良くしてていいのかな。みんなにとって、わたしは必要なのかな」
ぽつりと、思っていたことが口からこぼれた。
寺坂くんは、たぶんこっちを見ていた。だけど、なぜだか目を合わせられない。
——釣り合ってない、か。
彼女たちの言ったことは、どこか正しいような気もしていた。
「さっきも言ったけど、五十嵐さんは俺の大事な友達だよ。五十嵐さんの明るさと真っ直ぐな言葉に、救われてきたんだ」
その言葉に、わたしは思わず顔を上げた。目が合う。
「ほんとに? わたしが、救ってきた?」
「ほんとだよ。涼太も塚田さんも、そうなんじゃないかな」
寺坂くんの目は、どこまでも真っすぐで。この人が嘘をつけない人だと、わたしは知っている。
「そうかな」
少し間を置いて、彼は言った。
「絶対に、そうだよ」
“絶対に”なんて言い方、寺坂くんにしては珍しい。でも、今のわたしが一番ほしかった言葉だった。
「無責任だな、“絶対に”なんて」
そう言いながら、思わず笑みがこぼれそうになる口元を手で隠す。
「俺もそう思うよ」
彼は、やわらかく笑った。
最初の頃だったら絶対に見せてくれなかった、無邪気な笑顔だった。




