また、恋をしている
降ってほしくないときは降って、降ってほしいときは降らない。それが雨というものだ。久しぶりの晴れた空に、スズメたちは弾むようにチュンチュン鳴く。
早くも弁当を食べ終えてしまったわたしは、なんとなくベランダに出て外を眺めていた。グラウンドでは、サッカー部らしき男子たちがボールを追いかけてはしゃいでいる。
どこからか、笛の音が聞こえた。ブザーの音が続く。左の方、おそらくプールから。
「水球部かな」
急に声がして右を見ると、隣に紗月ちゃんが立っていた。
「いつの間に」
「ねえ、みーちゃん。見に行こうよ」
返事をする間もなく、紗月ちゃんはわたしの手をとってプールの方へと歩き出した。
ベランダからプールを眺めるのは初めてだ。思いのほか綺麗に、プール全体を見渡せる。
「五組の特権だね」
紗月ちゃんは、自分のことのように言う。
「紗月ちゃんは二組でしょ」
「わたしは、ほら。みーちゃんの特権に便乗させてもらってるの」
紗月ちゃんは肩にかかるかどうかのサラサラな髪を揺らして、へへ、と笑った。
プールでは、十数人の男子たちが泳いだりボールを投げたりしていた。ある男子に目が留まる。彼の泳ぎは、相変わらず美しい。
わたしが彼に見惚れている横で、紗月ちゃんはキョロキョロしている。
「いる? 寺坂くん」
紗月ちゃんに聞かれ、わたしは指を差す。
「いるよ。あそこ」
やっと紗月ちゃんにも分かったようで、視点を定めた。わたしたちは話すことなく、ただプールを――幸大くんを見ていた。
プール内の男子たちは、激しくボールを奪い合い、互いにつかみ合っている。水球がこんなに過酷なスポーツだと、わたしは知らなかった。そんな中でも、どうしてか彼は目立つ。大きな身体は水中に隠れているはずなのに。
ああ、違う。わたしが、どうしても彼を目で追ってしまうんだ。
「寺坂くん、相変わらず泳ぐの早いね」
紗月ちゃんが口を開く。
「スポーツ推薦だからね、幸大くんは」
幸大くんは、中学のときから水泳が得意だった。ガタイもよかった。それが買われて、中学時代からこの高校の水球部の練習に呼ばれていた。推薦を受けるのは、自然なこと。
だから彼がここに来ることは、みんな分かっていた。わたしも、分かっていて、受験をした。彼を見るたびに胸が苦しくなることなんて、想像できたのに。
「みーちゃん、水球のルール分かる?」
「全然」
「私も」
それから、わたしたちは再び黙る。
幸大くんにパスが集まる。名前を呼ばれる回数も多く、まだ入部して間もないのに、かなり期待されているようだ。
当然、厳しくマークもされている。彼は一度ゴールに向かって振りかぶったが、目の前に相手が立ちふさがった。これではシュートは打てない。
――どうする?
瞬間、彼は消えた。消えたように見えた。上から見ているのに、一瞬で見失った。
その時。
――ザバァッ。
小さいころ見た、イルカショー。ありえないくらい高いところにあるボールめがけて、水中から颯爽と跳ね上がるイルカ。
まさにそれだった。
跳ね上がったそのシルエットは、本当に、本当に綺麗で。最高点に掲げられたボールは、ものすごい威力で放たれた。キーパーの手をすり抜けて、ゴールの隅へ突き抜けた。
体全体の力が抜けた。息の仕方を、忘れた。わたしはそのまましゃがみこんで、立てなくなってしまった。
「だめだよ、あれは」
反則だ、かっこよすぎだ。見なきゃよかった。見てはいけなかった。
体が、顔が、熱い。
「わたし、馬鹿だよね」
震えて、まともに声が出ない。らしくなくて、情けない。
「いいんじゃない? たまには馬鹿でも」
紗月ちゃんは、優しい声で言う。
「……苦しくなるだけなのに。もう、どうしようもないのに」
景色が滲んだ。本当に、どうしようもなくて。
どうしようもないくらい――好きで、好きで。
「恋って、こんなに苦しかったっけ?」
紗月ちゃんは何も言わず、そっと頭をなでてくれた。
あの頃とは違う。あの頃の感情とは、全然違うけど。でも確かに、わたしはまた、恋に落ちている。
また、彼に恋をしている。




