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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【美咲 side ①】
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また、恋をしている

 降ってほしくないときは降って、降ってほしいときは降らない。それが雨というものだ。久しぶりの晴れた空に、スズメたちは弾むようにチュンチュン鳴く。


 早くも弁当を食べ終えてしまったわたしは、なんとなくベランダに出て外を眺めていた。グラウンドでは、サッカー部らしき男子たちがボールを追いかけてはしゃいでいる。

 どこからか、笛の音が聞こえた。ブザーの音が続く。左の方、おそらくプールから。


「水球部かな」


 急に声がして右を見ると、隣に紗月ちゃんが立っていた。


「いつの間に」

「ねえ、みーちゃん。見に行こうよ」


 返事をする間もなく、紗月ちゃんはわたしの手をとってプールの方へと歩き出した。

 ベランダからプールを眺めるのは初めてだ。思いのほか綺麗に、プール全体を見渡せる。


「五組の特権だね」


 紗月ちゃんは、自分のことのように言う。


「紗月ちゃんは二組でしょ」

「わたしは、ほら。みーちゃんの特権に便乗させてもらってるの」


 紗月ちゃんは肩にかかるかどうかのサラサラな髪を揺らして、へへ、と笑った。

 プールでは、十数人の男子たちが泳いだりボールを投げたりしていた。ある男子に目が留まる。彼の泳ぎは、相変わらず美しい。

 わたしが彼に見惚れている横で、紗月ちゃんはキョロキョロしている。


「いる? 寺坂くん」


 紗月ちゃんに聞かれ、わたしは指を差す。


「いるよ。あそこ」


 やっと紗月ちゃんにも分かったようで、視点を定めた。わたしたちは話すことなく、ただプールを――幸大くんを見ていた。

 プール内の男子たちは、激しくボールを奪い合い、互いにつかみ合っている。水球がこんなに過酷なスポーツだと、わたしは知らなかった。そんな中でも、どうしてか彼は目立つ。大きな身体は水中に隠れているはずなのに。

 ああ、違う。わたしが、どうしても彼を目で追ってしまうんだ。


「寺坂くん、相変わらず泳ぐの早いね」


 紗月ちゃんが口を開く。


「スポーツ推薦だからね、幸大くんは」


 幸大くんは、中学のときから水泳が得意だった。ガタイもよかった。それが買われて、中学時代からこの高校の水球部の練習に呼ばれていた。推薦を受けるのは、自然なこと。

 だから彼がここに来ることは、みんな分かっていた。わたしも、分かっていて、受験をした。彼を見るたびに胸が苦しくなることなんて、想像できたのに。


「みーちゃん、水球のルール分かる?」

「全然」

「私も」


 それから、わたしたちは再び黙る。

 幸大くんにパスが集まる。名前を呼ばれる回数も多く、まだ入部して間もないのに、かなり期待されているようだ。

 当然、厳しくマークもされている。彼は一度ゴールに向かって振りかぶったが、目の前に相手が立ちふさがった。これではシュートは打てない。


――どうする?


 瞬間、彼は消えた。消えたように見えた。上から見ているのに、一瞬で見失った。

 その時。


――ザバァッ。


 小さいころ見た、イルカショー。ありえないくらい高いところにあるボールめがけて、水中から颯爽と跳ね上がるイルカ。

 まさにそれだった。


 跳ね上がったそのシルエットは、本当に、本当に綺麗で。最高点に掲げられたボールは、ものすごい威力で放たれた。キーパーの手をすり抜けて、ゴールの隅へ突き抜けた。

 体全体の力が抜けた。息の仕方を、忘れた。わたしはそのまましゃがみこんで、立てなくなってしまった。


「だめだよ、あれは」


 反則だ、かっこよすぎだ。見なきゃよかった。見てはいけなかった。

 体が、顔が、熱い。


「わたし、馬鹿だよね」


 震えて、まともに声が出ない。らしくなくて、情けない。


「いいんじゃない? たまには馬鹿でも」


 紗月ちゃんは、優しい声で言う。


「……苦しくなるだけなのに。もう、どうしようもないのに」


 景色が滲んだ。本当に、どうしようもなくて。

 どうしようもないくらい――好きで、好きで。


「恋って、こんなに苦しかったっけ?」


 紗月ちゃんは何も言わず、そっと頭をなでてくれた。

 あの頃とは違う。あの頃の感情とは、全然違うけど。でも確かに、わたしはまた、恋に落ちている。


 また、彼に恋をしている。

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