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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【美咲 side ④】
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クリスマスパーティー②

 夕暮れの街に、冬の冷たい空気が満ちていた。

 パーティーの余韻が残る帰り道を、わたし、紗月ちゃん、幸大くんの三人は歩いていた。余韻と言っても、単に楽しいものではない。涼太の告白に、二人も少なからず何か感じているようだった。

 分かれ道で、紗月ちゃんが足を止める。


「今日も、おばあちゃん家寄っていくよ。せっかくこっちまで来たし」

「分かった。バイバイ、紗月ちゃん」

「じゃあね、五十嵐さん」

「うん、またね」


 軽く手を振って背を向けた紗月ちゃんは、数歩歩いたところでふいに立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。その視線は、わたしをまっすぐに捉えていた。


「みーちゃん。たぶん、そんな気にしなくてもいいと思うよ」

「……何を?」

「飛田くんのこと」


 優しい言い方だった。でも、どこか遠くから聞こえてくるような感触がした。

 彼女が何を見て、何を思ってそう言ったのか、わたしにはうまく理解できなかった。


「良いお年を!」


 返事をする前に、紗月ちゃんはくるりと向きを変え、手を挙げながら去っていった。彼女の後ろ姿は、寒さの中で少し小さく見えた。

 残されたわたしたちは、しばらくその場に立ち尽くしていた。吐く息だけが白く浮かび、静かに空へ溶けていった。


「涼太、彼女できちゃったね」


 わたしが言うと、幸大くんはチラリとわたしを見て、前に向き直った。


「うん、そうだね」

「その……大丈夫?」

「大丈夫って?」

「涼太のこと……まだ好きなんでしょ」


 またこっちを向くかと思ったが、そんなことはなかった。幸大くんは、空を見上げていた。


「とっくに覚悟できてたよ。いつか、こういうこともあると思ってた。……まさか、ぽっと出の知らない人だとは思ってなかったけど」

「……そっか」


 わたしたちは歩く。だんだんと暗くなる街を、ゆっくりと。


「塚田さんは?」


 幸大くんは、前を向いたまま言う。


「……わたしは別に、そういうんじゃないから」

「じゃあ、なんでそんな顔してるの?」


 言葉に詰まった。冷たい風が頬をなでる。

 ごまかすように笑おうとして、それすらもうまくできなかった。


「このままでいいの?」

「……そんなこと言ったって。だって、彼女がいるんだよ? どうしようもないよ。まさか、横取りするわけにもいかないし」

「そうだけど。でも、お試しって言ってたし」

「お試しでも、彼女は彼女だよ」


 雪が降り出すような気配を、空に感じた。

 そのまま何も言わずに歩いていったら、知らないどこかへたどり着けそうな気がした。


「でも、このまま何もしなかったら、取り返しのつかないことになるかもよ」


 彼の言葉が、胸に突き刺さる。わたしは思わず立ち止まった。


「できないよ。これまで散々、友達でいてって言ってきたのに。涼太の気持ちから目を背けてきたのに。それなのに、彼女ができた途端、やっぱりわたしも好きになっちゃったなんて……そんなの、あまりにも勝手すぎるよ」


 幸大くんは、少し先で止まっていた。少し、目を伏せる。


「確かにね。でも、今さらだよ」

「……今さら?」

「だって俺たちは、ずっとそうやって過ごしてきたんだ。それぞれに悩んで苦しんで、勝手な行動して……そうやって今日まで、生きてきたんだよ」


 彼は少しだけ笑った。けれど、その笑顔の奥にある想いに、わたしは気づいてしまっていた。


「だから、勝手なのは今に始まったことじゃない。今さらだ。だったら、とことん勝手に突き進もうよ」


 幸大くんは空を見上げた。わたしも同じようにする。薄曇りの空に、街灯の明かりがにじんでいた。


「それに……塚田さんだって、分かってるでしょ。涼太はまだ、塚田さんのことが好きなんだよ」


 静かな声で、確かな思いを伝えるように言った。


「だから、逃げないで。自分の気持ちに、ちゃんと向き合って」


 それは、まるで自分自身に言い聞かせるようでもあった。

 彼はまっすぐ、わたしを見ていた。何も言えずにいるわたしを。


「俺は言うよ、涼太に」

「え……?」

「俺は、好きって言うよ。伝えるだけなら、きっと横取りにはならない」


 穏やかな声だった。でもその奥に、何かを押し殺すような静けさがあった。


「どうせ、叶わないけど。それでも俺は、涼太にこの想いを知ってほしいから」


 彼はうっすらと笑った。その表情は寂しさも悔しさも全部飲み込んだ、少し大人びた顔だった。


「……もしそれで、涼太が俺のものになっても」


 冗談めかした口ぶりで、ほんの少しだけ唇の端を上げた。


「文句、言わないでよね」


 その笑顔は、どこまでも優しい。けれどどこか、切なさと、祈りと、さよならを込めたような、微笑みだった。


『この想いを知ってほしいから』


 幸大くんの言葉を反芻する。

 胸が締め付けられて、苦しくて、切なくて。だけど、どこかじんわりと暖かい、この気持ち。


——わたしも、知ってほしい。


 胸に手を当て、ぎゅっと握り締める。目を閉じて、涼太のいろんな姿を思い出す。記憶をたどっていく。初めて出会った、小学生のころから、じっくりと。

 涼太は、わたしのそばにいてくれた。わたしを守ってくれた。いつだって、涼太はわたしの特別だった。

 だから、ちゃんと伝えなきゃいけない。もう手遅れでも。今さらでも。


——わたしは、涼太が好き。

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