クリスマスパーティー②
夕暮れの街に、冬の冷たい空気が満ちていた。
パーティーの余韻が残る帰り道を、わたし、紗月ちゃん、幸大くんの三人は歩いていた。余韻と言っても、単に楽しいものではない。涼太の告白に、二人も少なからず何か感じているようだった。
分かれ道で、紗月ちゃんが足を止める。
「今日も、おばあちゃん家寄っていくよ。せっかくこっちまで来たし」
「分かった。バイバイ、紗月ちゃん」
「じゃあね、五十嵐さん」
「うん、またね」
軽く手を振って背を向けた紗月ちゃんは、数歩歩いたところでふいに立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。その視線は、わたしをまっすぐに捉えていた。
「みーちゃん。たぶん、そんな気にしなくてもいいと思うよ」
「……何を?」
「飛田くんのこと」
優しい言い方だった。でも、どこか遠くから聞こえてくるような感触がした。
彼女が何を見て、何を思ってそう言ったのか、わたしにはうまく理解できなかった。
「良いお年を!」
返事をする前に、紗月ちゃんはくるりと向きを変え、手を挙げながら去っていった。彼女の後ろ姿は、寒さの中で少し小さく見えた。
残されたわたしたちは、しばらくその場に立ち尽くしていた。吐く息だけが白く浮かび、静かに空へ溶けていった。
「涼太、彼女できちゃったね」
わたしが言うと、幸大くんはチラリとわたしを見て、前に向き直った。
「うん、そうだね」
「その……大丈夫?」
「大丈夫って?」
「涼太のこと……まだ好きなんでしょ」
またこっちを向くかと思ったが、そんなことはなかった。幸大くんは、空を見上げていた。
「とっくに覚悟できてたよ。いつか、こういうこともあると思ってた。……まさか、ぽっと出の知らない人だとは思ってなかったけど」
「……そっか」
わたしたちは歩く。だんだんと暗くなる街を、ゆっくりと。
「塚田さんは?」
幸大くんは、前を向いたまま言う。
「……わたしは別に、そういうんじゃないから」
「じゃあ、なんでそんな顔してるの?」
言葉に詰まった。冷たい風が頬をなでる。
ごまかすように笑おうとして、それすらもうまくできなかった。
「このままでいいの?」
「……そんなこと言ったって。だって、彼女がいるんだよ? どうしようもないよ。まさか、横取りするわけにもいかないし」
「そうだけど。でも、お試しって言ってたし」
「お試しでも、彼女は彼女だよ」
雪が降り出すような気配を、空に感じた。
そのまま何も言わずに歩いていったら、知らないどこかへたどり着けそうな気がした。
「でも、このまま何もしなかったら、取り返しのつかないことになるかもよ」
彼の言葉が、胸に突き刺さる。わたしは思わず立ち止まった。
「できないよ。これまで散々、友達でいてって言ってきたのに。涼太の気持ちから目を背けてきたのに。それなのに、彼女ができた途端、やっぱりわたしも好きになっちゃったなんて……そんなの、あまりにも勝手すぎるよ」
幸大くんは、少し先で止まっていた。少し、目を伏せる。
「確かにね。でも、今さらだよ」
「……今さら?」
「だって俺たちは、ずっとそうやって過ごしてきたんだ。それぞれに悩んで苦しんで、勝手な行動して……そうやって今日まで、生きてきたんだよ」
彼は少しだけ笑った。けれど、その笑顔の奥にある想いに、わたしは気づいてしまっていた。
「だから、勝手なのは今に始まったことじゃない。今さらだ。だったら、とことん勝手に突き進もうよ」
幸大くんは空を見上げた。わたしも同じようにする。薄曇りの空に、街灯の明かりがにじんでいた。
「それに……塚田さんだって、分かってるでしょ。涼太はまだ、塚田さんのことが好きなんだよ」
静かな声で、確かな思いを伝えるように言った。
「だから、逃げないで。自分の気持ちに、ちゃんと向き合って」
それは、まるで自分自身に言い聞かせるようでもあった。
彼はまっすぐ、わたしを見ていた。何も言えずにいるわたしを。
「俺は言うよ、涼太に」
「え……?」
「俺は、好きって言うよ。伝えるだけなら、きっと横取りにはならない」
穏やかな声だった。でもその奥に、何かを押し殺すような静けさがあった。
「どうせ、叶わないけど。それでも俺は、涼太にこの想いを知ってほしいから」
彼はうっすらと笑った。その表情は寂しさも悔しさも全部飲み込んだ、少し大人びた顔だった。
「……もしそれで、涼太が俺のものになっても」
冗談めかした口ぶりで、ほんの少しだけ唇の端を上げた。
「文句、言わないでよね」
その笑顔は、どこまでも優しい。けれどどこか、切なさと、祈りと、さよならを込めたような、微笑みだった。
『この想いを知ってほしいから』
幸大くんの言葉を反芻する。
胸が締め付けられて、苦しくて、切なくて。だけど、どこかじんわりと暖かい、この気持ち。
——わたしも、知ってほしい。
胸に手を当て、ぎゅっと握り締める。目を閉じて、涼太のいろんな姿を思い出す。記憶をたどっていく。初めて出会った、小学生のころから、じっくりと。
涼太は、わたしのそばにいてくれた。わたしを守ってくれた。いつだって、涼太はわたしの特別だった。
だから、ちゃんと伝えなきゃいけない。もう手遅れでも。今さらでも。
——わたしは、涼太が好き。




