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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【美咲 side ④】
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クリスマスパーティー①

「で、どうなの?」


 涼太の家へ向かう途中、並んで歩いていた紗月ちゃんが、唐突に話題を切り出した。


「どうって?」


 わたしは歩調を緩めながら聞き返す。


「寺坂くんとちゃんと友達になってから、それなりに時間が経った。心の整理もついた頃でしょ。それでも、やっぱり飛田くんのことは恋愛対象にならないわけ?」


 思わず足を止めかける。


「……ならない、と思ってた」


 少し間を置いて、そう答えた。すると紗月ちゃんが、期待するように顔を覗き込んでくる。


「お?」

「でも今は、ちょっと……ちょっとだけ、意識してるかも」


 紗月ちゃんは一瞬きょとんとした後、すぐにいたずらっぽく目を細めて、口元を覆った。


「……あの頑なだったみーちゃんに、どんな心境の変化が?」

「お母さんと、あのときのことを話したの」

「あのときって、離婚の……?」


 わたしは頷いた。


「そう。それで、考え方がちょっと変わったんだよね」


 紗月ちゃんは数歩前に出て振り返り、にっこりと笑う。


「そっか。……じゃあ今日は、飛田くんと距離を詰めるチャンスだね」

「そんな急がなくても」


 思わず笑って返すと、紗月ちゃんはカバンからパンパンに膨らんだお菓子の袋を取り出し、ニヤニヤと笑った。


「いやいや。今日ほどのチャンスはないよ。だって今日、クリスマスだよ」


 そう、今日はクリスマス。今日は涼太の家で、クリスマスパーティーだ。



 ピンポーン。


 チャイムを鳴らすと、すぐに中から涼太の声が聞こえた。


 「はーい」


 扉を開けた彼は、相変わらずの爽やかな笑顔だった。


「いらっしゃい。どうぞ」


 いつもと変わらない笑顔のはずなのに、胸の奥に小さな波が立つ。

  きっと紗月ちゃんのせいだ。変なことを言うから。


「お邪魔します」


 わたしと紗月ちゃんは声を揃えてぺこりと頭を下げ、玄関をくぐった。

 案内されるままに進むと、以前勉強会をしたときの部屋にたどり着く。すでに幸大くんが座っていて、わたしたちに軽く手を振った。


「メリークリスマス!」


 紗月ちゃんが声を弾ませて言う。その言葉に部屋の空気が少しだけ華やぐ。



 クリスマスパーティーと言っても、中身は単なるお菓子パーティーだ。涼太のお母さんが作ってくれたアップルパイのおかげで、少し豪華になったけれど。

 しばらくして、涼太が少し緊張した面持ちでジュースを一口飲み、立ち上がった。


「みんなに、話があって」

「何? 改まって」


 わたしが尋ねると、涼太はほんの少し目を伏せて言った。


「……彼女が、できました」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 表情があまり動かない幸大くんですら、目を見開いた。紗月ちゃんは、ちらりとわたしの顔を伺い、それから眉間に皺を寄せて口を開いた。


「……いつから?」

「先週の月曜、かな」

「誰?」

「同じクラスの、渡辺さんって人」

「なんで?」


 その質問は唐突で、少し変にも思えた。好きだから付き合った、それ以外に答えなんてあるのだろうか。

 けれど、涼太の返答は予想外のものだった。


「圧に負けたから」

「圧?」

「すごい圧で、交際を迫られて……」

「じゃあ、好きでもないのに付き合ってんだ?」


 紗月ちゃんが前のめりに問い詰める。空気が少しピリついた。


「それって、相手に失礼なんじゃない?」

「渡辺さんも、僕が他の人のことを好きだったのは知ってたんだ。それでもいいから付き合ってくれないかって。そう言われたのが一ヶ月前のことで」

「ってことは、返事を結構先延ばしにしてたわけだ」

「違うんだよ。最初は断ったんだ。でも毎週、言われ続けて。三か月でいいから、お試しでいいからって、言われて……」

「……そっか。三か月限定のお試し交際ね」


 紗月ちゃんが鼻で笑う。


「ある意味、最新トレンドかもね」

「紗月ちゃん、そんな失礼な言い方しなくても」


 やっと落ち着きを取り戻したわたしは、質問攻めにされている涼太を見かねて、紗月ちゃんをたしなめた。


「……涼太がそれで付き合うことにしたのは、なんか意外だな」


 ようやく幸大くんも口を開く。


「ほんと。わたしも思った」


 紗月ちゃんも同意するようにうなずいた。


「僕も何かを変えないとなって、ずっと思ってたから」


 そう言った涼太は、ふとわたしの方を見た。その視線に言葉以上の意味を感じ取って、わたしは思わず視線を逸らす。


――自業自得、ってことか。


「っていうか、今日クリスマスだよ? なんでこっちに来ちゃってるの」

「いや、こっちの方が早く予定決まってたし。それ話したら、渡辺さんもいいよって言ってくれたし」


 紗月ちゃんは肩をすくめ、わたしの耳元に顔を寄せる。


「……飛田くんって天然? それとも、実はサイコパスなの?」


 小声だが、どこかトゲのある言い方だ。


「サイコパス……ではないと思うけど」

「……ただの恋愛初心者か。超がつく程のね」


 紗月ちゃんはまた、わざとらしく大きく肩をすくめた。


 初めての彼女の話をする涼太は、どこか困ったような、でも少し安心しているような表情だった。その顔が、なぜか胸に引っかかる。

 苦しい。わたしが友達でいたいと言ったのに。


――なのに、どうしてこんなに苦しいの。


 だけど、大丈夫だ。まだ踏みとどまれる。まだこの気持ちは、"好き"までは行き着いていない。きっと……まだ。


 わたしは顔を上げ、精一杯の笑顔を浮かべて言った。


「よかったね、涼太」

「……うん」


 その短い返事の奥に、まだわたしへの"好き"が見えた気がした。それでも、この状況でどうするべきなのか、わたしには分からなかった。

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