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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【美咲 side ④】
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大切な存在①

 幸大くんへの最後の告白から、二週間が経った。長く続いた片想いは、思っていたよりもあっさりと終わりを迎えていた。

 やっと彼に、わたしの”好き”が届いた。初めて彼の本音を聞けた。それだけで、ずっと求めていたものが満たされた気がした。


 やはり、わたしの気持ちは純粋な”好き”ではなかったのかもしれない。意地になっていたのかもしれないし、紗月ちゃんの言うように、ただの執着だったのかもしれない。

 だからこそ今、わたしは心の底からほっとしていた。


『涼太の気持ち、ちゃんと聞いてやってくれないかな』


 いつかの、幸大くんの言葉が蘇る。

 今なら分かる。わたしは、涼太の気持ちにちゃんと向き合うべきだ。きちんと受け止めて、返事をするべきだ。

 でも、分からない。どうしたらいいのか。胸の奥につかえている何かは、どうしたら消えてくれるのか。



 玄関の鍵が回る音がして、わたしは火を止めた。味噌汁の湯気がふわりと立ち上り、台所に温かな香りが広がる。

 扉が開く音とともに、足音が近づいてきた。


「お母さん、おかえり」


 エプロンの端で手を拭きながら声をかけると、お母さんは少し驚いたように笑った。


「ごめんねえ。今日の夕飯係、お母さんだったのに」

「いいよ。最近忙しいんでしょ、仕事」


 お母さんはカバンをソファに置いて、ふうっと大きく息を吐いた。


「よく分かるわね」

「分かるよ。娘だもん」


 ダイニングテーブルに並ぶ料理を見て、お母さんは目を丸くする。


「美味しそうね」

「ほら、座って。冷めちゃうよ」


 二人並んで椅子に座り、手を合わせる。


「いただきます」


 味噌汁をひとくち飲んだお母さんが、ふっと目を細めた。その表情を見るだけで、胸の奥がじんわりと温まる。

 しばらく、箸の音だけが部屋に響いていた。


 ふと、ずっと聞けずにいた言葉が喉まで上ってきた。

 幸大くんへの想いはもう整理がついた。だからこそ今――涼太の気持ちと向き合うために、ちゃんと聞いておきたかった。


「ねえ、お母さんはさ……」

「なあに?」

「お母さんは今でも、お父さんのこと……好きにならなければよかったと思う?」


 箸の動きが止まり、お母さんが顔を上げた。瞳が少し揺れている。


「……え?」

「離婚を決めたとき、そう言ってたでしょ」

「……覚えてたのね」


 お母さんは小さく息を吐き、目を伏せた。


「それに、わたしは今でもお父さんともたまに会ってるけど、お母さんは……そんな素振りないし」

「……そうね。美咲が大きくなってからは、しばらく会ってないかな」


 わたしは、味噌汁に浮かぶわかめを見つめながら、言葉を続けた。


「お母さんとお父さんって、もともと仲が良かったんでしょ。付き合う前から。もう元には戻れないの?」


 少しの沈黙のあと、お母さんはゆっくりと首を振った。


「完全には、戻れないかな」

「……そっか」


 分かっていた。それでも、はっきり聞いてしまうと、胸が締め付けられる思いがした。


——やっぱり、わたしのせいで。


「でも別に、仲が悪いってわけじゃないのよ」

「え?」


 意外な言葉に、わたしはふっと顔を上げた。

 お母さんは、優しく微笑んでいた。

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