大切な存在①
幸大くんへの最後の告白から、二週間が経った。長く続いた片想いは、思っていたよりもあっさりと終わりを迎えていた。
やっと彼に、わたしの”好き”が届いた。初めて彼の本音を聞けた。それだけで、ずっと求めていたものが満たされた気がした。
やはり、わたしの気持ちは純粋な”好き”ではなかったのかもしれない。意地になっていたのかもしれないし、紗月ちゃんの言うように、ただの執着だったのかもしれない。
だからこそ今、わたしは心の底からほっとしていた。
『涼太の気持ち、ちゃんと聞いてやってくれないかな』
いつかの、幸大くんの言葉が蘇る。
今なら分かる。わたしは、涼太の気持ちにちゃんと向き合うべきだ。きちんと受け止めて、返事をするべきだ。
でも、分からない。どうしたらいいのか。胸の奥につかえている何かは、どうしたら消えてくれるのか。
玄関の鍵が回る音がして、わたしは火を止めた。味噌汁の湯気がふわりと立ち上り、台所に温かな香りが広がる。
扉が開く音とともに、足音が近づいてきた。
「お母さん、おかえり」
エプロンの端で手を拭きながら声をかけると、お母さんは少し驚いたように笑った。
「ごめんねえ。今日の夕飯係、お母さんだったのに」
「いいよ。最近忙しいんでしょ、仕事」
お母さんはカバンをソファに置いて、ふうっと大きく息を吐いた。
「よく分かるわね」
「分かるよ。娘だもん」
ダイニングテーブルに並ぶ料理を見て、お母さんは目を丸くする。
「美味しそうね」
「ほら、座って。冷めちゃうよ」
二人並んで椅子に座り、手を合わせる。
「いただきます」
味噌汁をひとくち飲んだお母さんが、ふっと目を細めた。その表情を見るだけで、胸の奥がじんわりと温まる。
しばらく、箸の音だけが部屋に響いていた。
ふと、ずっと聞けずにいた言葉が喉まで上ってきた。
幸大くんへの想いはもう整理がついた。だからこそ今――涼太の気持ちと向き合うために、ちゃんと聞いておきたかった。
「ねえ、お母さんはさ……」
「なあに?」
「お母さんは今でも、お父さんのこと……好きにならなければよかったと思う?」
箸の動きが止まり、お母さんが顔を上げた。瞳が少し揺れている。
「……え?」
「離婚を決めたとき、そう言ってたでしょ」
「……覚えてたのね」
お母さんは小さく息を吐き、目を伏せた。
「それに、わたしは今でもお父さんともたまに会ってるけど、お母さんは……そんな素振りないし」
「……そうね。美咲が大きくなってからは、しばらく会ってないかな」
わたしは、味噌汁に浮かぶわかめを見つめながら、言葉を続けた。
「お母さんとお父さんって、もともと仲が良かったんでしょ。付き合う前から。もう元には戻れないの?」
少しの沈黙のあと、お母さんはゆっくりと首を振った。
「完全には、戻れないかな」
「……そっか」
分かっていた。それでも、はっきり聞いてしまうと、胸が締め付けられる思いがした。
——やっぱり、わたしのせいで。
「でも別に、仲が悪いってわけじゃないのよ」
「え?」
意外な言葉に、わたしはふっと顔を上げた。
お母さんは、優しく微笑んでいた。




