欲しかった言葉
風呂上り。スマホから、滅多にならない音が鳴った。通話だ。
スマホを手に取り、画面を見る。五十嵐さんからだった。
正直取るか迷った。五十嵐さんとは、塚田さんや涼太、山本のように、特別に仲が良いというわけではないからだ。
三コール目で、意を決して出ることにした。特別に仲良くはない。でも、仲良くなりたいとは思う。
「もしもし」
「よっ、寺坂くん」
「珍しい、電話なんて」
「寺坂くんと二人で話す機会、あんまないしさ。なんか今、話しておきたかったんだよね」
「大事な話?」
「大事ではない。ただ、わたしが話したかっただけ」
返事に困ってモゴモゴしていると、五十嵐さんは続けた。
「みーちゃんと和解したらしいじゃん」
「和解っていうか、まあ、そうだね」
「わたしとしては、もっと早くそうして欲しかったけども。まあでも、ありがとう」
「ありがとうって、何が?」
「みーちゃんを解放してくれて、ありがとう」
俺は、塚田さんと五十嵐さんの関係をそれほど知らない。それでも、彼女が異常なくらい塚田さんを大切にしているのは、薄々感じていた。
「それが言いたかったの?」
「そう。これが言いたかったの」
だが、だからと言って電話をしてくるなんて、不思議な人だ。
「これで、あとはあの二人を見守るだけですな」
五十嵐さんは、使命感を持ったような口ぶりで、そんなことを言う。
「二人、付き合うと思う?」
俺は、五十嵐さんが俺と同じように考えているのか、確かめたくなった。
「すぐには難しいんじゃないかな。でもいつか、必ず二人は結ばれると思う。ずっと前から、そう思ってる」
「そうだな、俺もそう思う」
少し、無言になる。電話でのこういう時間は、正直苦手だ。
「寺坂くんは……これでよかったの?」
「よかったって?」
「この前、“覚悟"が何とかって言ってたから」
「ああ。失恋の覚悟、か」
「そう、それ」
「もういいんだ。あんなにお似合いな二人、他に知らないから」
「うん、そうだよね。やっぱり、付き合うべきだよね。あの二人は」
「……五十嵐さんは、それでいいの?」
俺の勘が正しいならば、五十嵐さんの立場は俺と同じなはずだ。
少し間が空いて、それから五十嵐さんは答えた。
「いいの。……告白するチャンス、あったんだけどね。でも、やめた」
「後悔しない?」
「しない。わたしは過去の自分には後悔しても、今の自分には絶対に後悔しないよ」
強いな、と思った。
俺はまだ、後悔がないとは言い切れない。俺にはまだ、俺のためにやらなきゃいけないことがある。
「俺も、そういう風になれるかな。後悔しないような選択、できるかな」
気づいたら、口にしていた。しまった、と思った。
「ごめん。なんでもな……」
「なれるよ」
五十嵐さんは、俺の言葉を遮って言う。
「寺坂くんなら、できるよ。絶対に」
"絶対できる"なんて、根拠のない言葉だ。無責任な言葉だ。塚田さんや涼太なら、きっと言わない。
でも、それが今、一番欲しかった言葉だ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
電話越しでも分かる。きっと今、五十嵐さんは笑っている。
訂正しよう。五十嵐さんも、俺の特別な友達だ。




