スタート
校門の前で、部室の方をチラチラと気にする。今日も寒い。
一人で近づいてくる人影が見えた。俺は目を逸らし、気づかないふりをする。
トントン、と肩を叩かれ、顔を上げた。
「ごめん、遅くなっちゃった。待った?」
マフラーに顔を埋めて、ウィンドブレーカーで丸くなった塚田さんが立っていた。
「ううん。大丈夫だよ」
塚田さんは寒さのせいか、ほっぺたを赤くしていた。
「行こっか」
そう言って、彼女は俺の袖を引っ張った。
校門を出てから、俺たちは他愛もない話をした。くだらないことで笑って、歩いた。
少しして、赤信号で立ち止まる。それと同時に、会話も止まった。
ふと、初めて告白されたときのことを思い出す。
「わたしね。やっぱり幸大くんのことが好き」
あの日のように、彼女が口を開いた。
「うん」
「何回振られても、好き。幸大くんが男の子を好きなのも、わたしが男の子じゃないのも、ちゃんと分かってる。分かってるけど、どうしようもなく好き」
「うん」
「でもね、これで最後にしようと思う。幸大くんに“好き”って言うのは、これで最後にしようと思うの」
信号が青に変わる。俺たちは無言のまま歩き出し、横断歩道を渡り終えたところで、また立ち止まった。
「だからね、幸大くん。返事、聞かせて?」
「……分かった」
大きく、深呼吸をする。
これを言えば、彼女は俺から解放される。そうなれば、きっといつか、塚田さんは涼太を好きになるだろう。俺がこれを言ってしまえば、涼太の恋は叶ってしまう。
それでもいい。それがいい。俺は二人を応援したい。
好きな人と好きな人が結ばれて、笑い合っている――それが、俺の望む未来だ。
「ごめん。塚田さんの気持ちには応えられない。俺は、涼太が好きだから。涼太じゃないとダメなんだ」
「うん、そっか」
「俺、不器用で、うまくいかなくて、たくさん傷つけて、ごめん」
「うん」
「だけど、付き合ってた頃の言葉に嘘はなかった。恋愛感情ではなかったけど、友達として、人として……塚田さんのことが好きだったよ」
「……うん」
「たくさん悩ませて、傷つけてきたのに勝手だと思うけど、それでも俺は……塚田さんと出会えて、付き合えて、本当によかったって思ってる」
やっと言えた。ずっと心の中でくすぶっていた言葉を、ちゃんと口にできた。
「うん、分かった。……初めて、幸大くんの本音を聞けた気がする」
「遅くなって、ごめん」
「ほんとだよ。遅すぎる」
塚田さんは笑った。悲しそうでも、切なそうでもなく、ただただ笑っていた。
「……でも、ちゃんと受け止めてくれてありがとう。わたし、やっぱり幸大くんを好きになってよかった」
やっぱり、塚田さんの笑顔は素敵だ。彼女は、笑っているべき人だ。
それから、どちらともなく歩き出す。少し歩いたところで、塚田さんが口を開く。
「一つだけ、お願いがあるの」
「なに?」
「今のわたしは、ちゃんと納得できた。これまでのモヤモヤも悩みも、解消できた。でも……このままだと、あの頃のわたしが報われない。だから、お願い」
目が合う。何度も見てきた、あの真っ直ぐな目。逸らせなくなるような、強い目。
「最後に、もう一回だけ、名前で呼んでくれないかな。付き合ってたときみたいに」
「……分かった」
俺は大きく息を吸い、気持ちを整えた。
あの時の別れを、もう一度。
「今までありがとう。俺を好きになってくれてありがとう、美咲」
塚田さんは、涙をいっぱいに浮かべながらも、それをこぼさずに笑った。
「こちらこそ、ありがとう。わたしを好きになってくれて、ありがとう」
そう言って、彼女は手で目元を拭いながら続けた。
「これからも、友達としてよろしくね、幸大くん」
「うん、よろしくね」
今まで抱えていたモヤモヤが、すうっと消えていった。塚田さんも、どこか清々しい顔をしていた。
最初から、こうしていればよかった。ずっと、こうできていればよかったんだ。
「もうすぐ駅だね。競争しようか」
塚田さんは、平気な顔をしてそんなことを言う。
「いいよ」
俺は、平気な顔をしてそれに乗った。
「よーい、ドン!」
こうして俺は――俺たちは、ようやく友達としてのスタートを切ることができたのだ。




