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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【幸大 side ③】
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スタート

 校門の前で、部室の方をチラチラと気にする。今日も寒い。


 一人で近づいてくる人影が見えた。俺は目を逸らし、気づかないふりをする。

 トントン、と肩を叩かれ、顔を上げた。


「ごめん、遅くなっちゃった。待った?」


 マフラーに顔を埋めて、ウィンドブレーカーで丸くなった塚田さんが立っていた。


「ううん。大丈夫だよ」


 塚田さんは寒さのせいか、ほっぺたを赤くしていた。


「行こっか」


 そう言って、彼女は俺の袖を引っ張った。

 校門を出てから、俺たちは他愛もない話をした。くだらないことで笑って、歩いた。

 少しして、赤信号で立ち止まる。それと同時に、会話も止まった。


 ふと、初めて告白されたときのことを思い出す。


「わたしね。やっぱり幸大くんのことが好き」


 あの日のように、彼女が口を開いた。


「うん」

「何回振られても、好き。幸大くんが男の子を好きなのも、わたしが男の子じゃないのも、ちゃんと分かってる。分かってるけど、どうしようもなく好き」

「うん」

「でもね、これで最後にしようと思う。幸大くんに“好き”って言うのは、これで最後にしようと思うの」


 信号が青に変わる。俺たちは無言のまま歩き出し、横断歩道を渡り終えたところで、また立ち止まった。


「だからね、幸大くん。返事、聞かせて?」


「……分かった」


 大きく、深呼吸をする。

 これを言えば、彼女は俺から解放される。そうなれば、きっといつか、塚田さんは涼太を好きになるだろう。俺がこれを言ってしまえば、涼太の恋は叶ってしまう。


 それでもいい。それがいい。俺は二人を応援したい。

 好きな人と好きな人が結ばれて、笑い合っている――それが、俺の望む未来だ。


「ごめん。塚田さんの気持ちには応えられない。俺は、涼太が好きだから。涼太じゃないとダメなんだ」

「うん、そっか」

「俺、不器用で、うまくいかなくて、たくさん傷つけて、ごめん」

「うん」

「だけど、付き合ってた頃の言葉に嘘はなかった。恋愛感情ではなかったけど、友達として、人として……塚田さんのことが好きだったよ」

「……うん」

「たくさん悩ませて、傷つけてきたのに勝手だと思うけど、それでも俺は……塚田さんと出会えて、付き合えて、本当によかったって思ってる」


 やっと言えた。ずっと心の中でくすぶっていた言葉を、ちゃんと口にできた。


「うん、分かった。……初めて、幸大くんの本音を聞けた気がする」

「遅くなって、ごめん」

「ほんとだよ。遅すぎる」


 塚田さんは笑った。悲しそうでも、切なそうでもなく、ただただ笑っていた。


「……でも、ちゃんと受け止めてくれてありがとう。わたし、やっぱり幸大くんを好きになってよかった」


 やっぱり、塚田さんの笑顔は素敵だ。彼女は、笑っているべき人だ。

 それから、どちらともなく歩き出す。少し歩いたところで、塚田さんが口を開く。


「一つだけ、お願いがあるの」

「なに?」

「今のわたしは、ちゃんと納得できた。これまでのモヤモヤも悩みも、解消できた。でも……このままだと、あの頃のわたしが報われない。だから、お願い」


 目が合う。何度も見てきた、あの真っ直ぐな目。逸らせなくなるような、強い目。


「最後に、もう一回だけ、名前で呼んでくれないかな。付き合ってたときみたいに」

「……分かった」


 俺は大きく息を吸い、気持ちを整えた。

 あの時の別れを、もう一度。


「今までありがとう。俺を好きになってくれてありがとう、美咲」


 塚田さんは、涙をいっぱいに浮かべながらも、それをこぼさずに笑った。


「こちらこそ、ありがとう。わたしを好きになってくれて、ありがとう」


 そう言って、彼女は手で目元を拭いながら続けた。


「これからも、友達としてよろしくね、幸大くん」

「うん、よろしくね」


 今まで抱えていたモヤモヤが、すうっと消えていった。塚田さんも、どこか清々しい顔をしていた。

 最初から、こうしていればよかった。ずっと、こうできていればよかったんだ。


「もうすぐ駅だね。競争しようか」


 塚田さんは、平気な顔をしてそんなことを言う。


「いいよ」


 俺は、平気な顔をしてそれに乗った。


「よーい、ドン!」


 こうして俺は――俺たちは、ようやく友達としてのスタートを切ることができたのだ。

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