大好きだったよ
チュンチュンと、鳥の鳴き声が聞こえる。こんな朝から寒くないのだろうか。わたしは寒い。まだ十月だというのに、急に冷えた。
もっと長い靴下を履いてくればよかった。素足でスカートを履くのも、もうすぐ耐えられなくなってしまうんだろう。ウィンドブレーカーやマフラーも、そろそろ用意しなきゃいけないかもしれない。
「おはよう、五十嵐さん」
「うわっ! あ……おはよう」
急に顔を覗き込まれて、驚いてしまった。飛田くんだ。
「何をそんなに驚いてるの。いつも自分がしてることでしょ?」
「いやまあ、そうなんだけど。自分がするばっかりで、されるのには慣れてなくて」
心臓がバクバクしている。ちょっと声をかけられたくらいで。顔を覗き込まれたくらいで。なんで、こんなに……。
「顔、赤い?」
彼の目がまた私の顔をじっと見つめる。距離が近い。
息がかかりそうで、目をそらした。鼓動がさらに加速する。
「ああもう、あんまり見ないで!」
「ごめんごめん」
飛田くんはおどけたように笑って、前を向いた。
「なんかさ、そういう、ちょっと恥ずかしそうにしてるとこ……やっぱり、さっちゃん思い出すんだよね」
“さっちゃん”という呼び名に、思わず言葉を失ってしまう。
どうしよう。何て返せばいい? 今まで、どうやってやり過ごしてたんだっけ?
「ごめん。知らない人と重ねるなんて、ほんとに失礼だよね」
さっきまでテンションの高かった飛田くんが、急にしゅんとなってしまった。機嫌を損ねたとでも思ってるのだろうか。
私は問いかける。
「そんなに、似てる?」
そう言うと、飛田くんは安心したように表情を緩めた。単純だ。なんだか可愛い。
「うん、似てる。……さっちゃんのこと、そんなにはっきり覚えてるわけじゃないんだけどね。でも、それでも似てるって思っちゃう」
懐かしそうに、どこか嬉しそうに微笑むその顔に、胸が締めつけられる。
――なんなんだ。どうして分かっちゃうの。
わたしは、気づかなかったのに。
嬉しい。もどかしい。痛い。苦しい。いろんな感情がこんがらがって、訳がわからなくなる。
すべて吐き出してしまいたくなる。
――ここにいるよ。さっちゃんは、わたしは……ここにいるよ。
「……好き」
考えるより先に、口が動いていた。
もう、手遅れだったんだ。好きになっちゃいけないなんて、今さらだったんだ。
「ん?」
飛田くんは、何を言われたのか分からないように目を丸くしている。
——誤魔化さなきゃ。何か言わなくちゃ。
この“好き”を伝えるなんて、私にはできない。
「好きって、ちゃんと伝えなよ。みーちゃんに、ちゃんと言いなよ」
「ああ、そのことか……なんか、勘違いするとこだったよ」
飛田くんは、少し照れたようにはにかんだ。
もっと早く気づけたらよかった。最初からちゃんと飛田くんと向き合って、「りょうくん」と「さっちゃん」として再会できていたら。
純粋に、恋をしていたら――。
そしたら、素直に「好き」って言えたのだろうか。みーちゃんみたいに、まっすぐに言えたのだろうか。
「……飛田くん。大事なものは大事って、好きなものは好きって、言っていいんだよ」
「でも、美咲はそれを望んでないんだ」
「だからって、その気持ちをなかったことにしちゃうの? これからもずっと悩んで、諦めて、それでも諦めきれなくて……それを繰り返すの?」
「美咲は、僕と友達でいたいんだ。一生崩れることのない、固い絆でつながった友達で……」
「知ってるよ。みーちゃんの気持ちも、ちゃんと分かってる。そのうえで、わたしは言ってるの」
「そんなこと言われたって……僕は、もうどうしたらいいのか分からないんだ。友達でいなきゃと思うほど、好きになっちゃいけないと思うほど……ますます美咲を、好きになってしまうんだ」
飛田くんの震える声に、わたしは泣きそうになっていた。
——分かるよ。だって、わたしもそうだから。どんどん、好きになってしまうから。
今だって、こんなに胸が締めつけられて、どうやって息をしたらいいのか分からないくらいなのだから。
「……大丈夫だよ」
でも、これでいい。
「大丈夫。無理して、"好き"をやめる必要なんてない。いつかきっと、ちゃんとみーちゃんに届くから」
余計なお世話だって分かってる。わたしがこんなこと言う必要なんてないって、分かってる。
それでも、今の二人を、このまま放っておけなかった。浮かない顔なんかじゃなくて、お日様みたいに笑っていてほしかった。
わたしは、みーちゃんのことも、りょうくんのことも、大好きだから。
「なんの根拠があって、そんなこと……」
「根拠なんてない。ただの、わたしの直感だよ」
飛田くんは驚いたように瞬きをして、それから吹き出した。
「あはは、直感か!」
わたしも、つられて笑った。
飛田くんは、しばらく笑っていた。そしてそれが落ち着くと、今度は柔らかく微笑んで言った。
「ありがとう、五十嵐さん」
眩しい笑顔だった。そうだ。りょうくんはいつだって、そうやって笑いかけてくれる男の子だった。
眩しくて、カッコよくて――わたしの太陽だった。
「……ほら、早く行くよ!」
その背中を思いきり叩いて、わたしは笑って見せた。
痛かっただろうか。でも、それくらいじゃないと、この気持ちは届かない。
――大好きだったよ、りょうくん。
「痛いよ、五十嵐さん」
バランスを崩した飛田くんは、どこか恥ずかしそうに笑っていた。




