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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【紗月 side ③】
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大好きだったよ

 チュンチュンと、鳥の鳴き声が聞こえる。こんな朝から寒くないのだろうか。わたしは寒い。まだ十月だというのに、急に冷えた。

 もっと長い靴下を履いてくればよかった。素足でスカートを履くのも、もうすぐ耐えられなくなってしまうんだろう。ウィンドブレーカーやマフラーも、そろそろ用意しなきゃいけないかもしれない。


「おはよう、五十嵐さん」

「うわっ! あ……おはよう」


 急に顔を覗き込まれて、驚いてしまった。飛田くんだ。


「何をそんなに驚いてるの。いつも自分がしてることでしょ?」

「いやまあ、そうなんだけど。自分がするばっかりで、されるのには慣れてなくて」


 心臓がバクバクしている。ちょっと声をかけられたくらいで。顔を覗き込まれたくらいで。なんで、こんなに……。


「顔、赤い?」


 彼の目がまた私の顔をじっと見つめる。距離が近い。

 息がかかりそうで、目をそらした。鼓動がさらに加速する。


「ああもう、あんまり見ないで!」

「ごめんごめん」


 飛田くんはおどけたように笑って、前を向いた。


「なんかさ、そういう、ちょっと恥ずかしそうにしてるとこ……やっぱり、さっちゃん思い出すんだよね」


 “さっちゃん”という呼び名に、思わず言葉を失ってしまう。

 どうしよう。何て返せばいい? 今まで、どうやってやり過ごしてたんだっけ?


「ごめん。知らない人と重ねるなんて、ほんとに失礼だよね」


 さっきまでテンションの高かった飛田くんが、急にしゅんとなってしまった。機嫌を損ねたとでも思ってるのだろうか。

 私は問いかける。


「そんなに、似てる?」


 そう言うと、飛田くんは安心したように表情を緩めた。単純だ。なんだか可愛い。


「うん、似てる。……さっちゃんのこと、そんなにはっきり覚えてるわけじゃないんだけどね。でも、それでも似てるって思っちゃう」


 懐かしそうに、どこか嬉しそうに微笑むその顔に、胸が締めつけられる。


――なんなんだ。どうして分かっちゃうの。


 わたしは、気づかなかったのに。

 嬉しい。もどかしい。痛い。苦しい。いろんな感情がこんがらがって、訳がわからなくなる。

 すべて吐き出してしまいたくなる。


――ここにいるよ。さっちゃんは、わたしは……ここにいるよ。


「……好き」


 考えるより先に、口が動いていた。

 もう、手遅れだったんだ。好きになっちゃいけないなんて、今さらだったんだ。


「ん?」


 飛田くんは、何を言われたのか分からないように目を丸くしている。


——誤魔化さなきゃ。何か言わなくちゃ。


 この“好き”を伝えるなんて、私にはできない。


「好きって、ちゃんと伝えなよ。みーちゃんに、ちゃんと言いなよ」

「ああ、そのことか……なんか、勘違いするとこだったよ」


 飛田くんは、少し照れたようにはにかんだ。

 もっと早く気づけたらよかった。最初からちゃんと飛田くんと向き合って、「りょうくん」と「さっちゃん」として再会できていたら。

 純粋に、恋をしていたら――。

 そしたら、素直に「好き」って言えたのだろうか。みーちゃんみたいに、まっすぐに言えたのだろうか。


「……飛田くん。大事なものは大事って、好きなものは好きって、言っていいんだよ」

「でも、美咲はそれを望んでないんだ」

「だからって、その気持ちをなかったことにしちゃうの? これからもずっと悩んで、諦めて、それでも諦めきれなくて……それを繰り返すの?」

「美咲は、僕と友達でいたいんだ。一生崩れることのない、固い絆でつながった友達で……」

「知ってるよ。みーちゃんの気持ちも、ちゃんと分かってる。そのうえで、わたしは言ってるの」

「そんなこと言われたって……僕は、もうどうしたらいいのか分からないんだ。友達でいなきゃと思うほど、好きになっちゃいけないと思うほど……ますます美咲を、好きになってしまうんだ」


 飛田くんの震える声に、わたしは泣きそうになっていた。


——分かるよ。だって、わたしもそうだから。どんどん、好きになってしまうから。


 今だって、こんなに胸が締めつけられて、どうやって息をしたらいいのか分からないくらいなのだから。


「……大丈夫だよ」


 でも、これでいい。


「大丈夫。無理して、"好き"をやめる必要なんてない。いつかきっと、ちゃんとみーちゃんに届くから」


 余計なお世話だって分かってる。わたしがこんなこと言う必要なんてないって、分かってる。

 それでも、今の二人を、このまま放っておけなかった。浮かない顔なんかじゃなくて、お日様みたいに笑っていてほしかった。

 わたしは、みーちゃんのことも、りょうくんのことも、大好きだから。


「なんの根拠があって、そんなこと……」

「根拠なんてない。ただの、わたしの直感だよ」


 飛田くんは驚いたように瞬きをして、それから吹き出した。


「あはは、直感か!」


 わたしも、つられて笑った。

 飛田くんは、しばらく笑っていた。そしてそれが落ち着くと、今度は柔らかく微笑んで言った。


「ありがとう、五十嵐さん」


 眩しい笑顔だった。そうだ。りょうくんはいつだって、そうやって笑いかけてくれる男の子だった。

 眩しくて、カッコよくて――わたしの太陽だった。


「……ほら、早く行くよ!」


 その背中を思いきり叩いて、わたしは笑って見せた。

 痛かっただろうか。でも、それくらいじゃないと、この気持ちは届かない。


――大好きだったよ、りょうくん。


「痛いよ、五十嵐さん」


 バランスを崩した飛田くんは、どこか恥ずかしそうに笑っていた。

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