気持ちを伝えること
部活のミーティングを終えてチームメイトと外に出る。まだ五時過ぎだけど、もう外は暗い。秋の深まりを感じる。
歩道に出ると、少し遠くに知っている後ろ姿を見つけた。いつもなら話しかけに行くことはしない。だけど今日は、なんだか彼のことを知りたくなった。
私はチームメイトに手を振って、彼の隣へと駆けて行く。
「てーらさーかくん、発見!」
寺坂くんは横を見て、それから目線を下げた。
「あからさまに目線下げるのやめてくれる?」
「ごめん。俺、基本男子としか話さないからこの目線に慣れちゃって」
「まあ、男子と比べたらね、それはしょうがない。許そう」
寺坂くんは表情を変えない。小さい女の子が自虐で笑わせようとしたのだ。ちょっとは笑ってくれてもいいのに。
「今日はいつもより早いのね」
「自主練だったから、早く上がってきた。五十嵐さんも早いね」
「うちは、今日はミーティングだけだったんだ。大会終わったばっかだから、反省会してたの」
「そうなんだ」
寺坂くんは素っ気なく返事をして、それからは特に何も言わなかった。黙ったまま、けれど歩幅を合わせて歩いてくれる。
最初は無愛想で嫌な人だと思ってた。でも、関わっていく中でそうじゃないと知った。無愛想だけど、いい人だ。
「体調でも悪いの? 寺坂くん、自主練とかでも最後まで残ってるタイプだと思ってたんだけど」
「いや、どこも悪くないよ。ただ今日は、なんだか早く帰りたい気分だったんだ」
「なんとなく?」
「そう、なんとなく」
「そっか」
また会話が途切れる。そういえば、寺坂くんと二人きりで話すことなんてほとんどなかった。
みーちゃんや飛田くんは、この人と何を話してあんなに笑い合うのだろう。不思議だ。
「ああ。でも、そしたら塚田さんと会えないのか」
唐突に寺坂くんからみーちゃんの話が出て、少し驚いた。
「会いたかったの?」
「まあ、会いたかったと言えば、会いたかったかな」
なるほど。どうりでみーちゃんは寺坂くんを諦められないわけだ。本人は、無意識なんだろうか。
「寺坂くん、みーちゃんのことすごく好きだよね」
「……なんでそう思うの?」
「だって、みーちゃんと話してるとき、楽しそうだし。みーちゃんと会いたいとか話したいとか、思ってるみたいだし」
「でも俺、塚田さんと手をつなぎたいとか、付き合いたいとか、そういうのは思わないんだ」
「"好き"って恋愛感情だけじゃないでしょう?」
「……まあ、そうか」
「私はね、みーちゃんのこと大好きなの。でもね、それは恋愛感情じゃない。分かるでしょ。寺坂くんも、同じなはずだから」
寺坂くんは、少し考えるようにして、それから口を開いた。
「そうか。俺は、塚田さんのことが好きなんだ」
「やっぱり気づいてなかったの?」
「いや。気づいてたよ」
――気づいてた? じゃあなんだ、その反応は。
わたしがよっぽど不思議そうな顔をしていたのだろう。寺坂くんは私の顔を見て、珍しく自ら言葉を補い始めた。
「でもそれを口に出していいと思ってなかった。恋愛感情じゃない"好き"を、言っていいと思ってなかった。その"好き"は、塚田さんを悲しませるものだと思ってた」
まあ、分からないでもない。確かに納得できない説明ではない。でもその態度がみーちゃんを苦しめてると、この人は分かっているんだろうか。
「確かに、好きな人に"友達として"好きって言われるのは、少し辛いことかもしれない。だけど、曖昧なのよりはマシだと思うよ。何を思ってるんだろう、どう思われてるんだろうって、そう思ってる限り、その人のことで頭がいっぱいになっちゃうんだから」
「……そうかもね」
寺坂くんはどこか申し訳なさそうに呟いた。
「でも、分かるよ。気持ちを伝えるのって、難しいよね」
「……うん、難しい。それなのに、塚田さんはそれを何度でもしてくれている。だから、俺は塚田さんと向き合わなきゃいけないんだと思ってる」
「分かってんじゃん」
「うん、分かってんだよ。分かってんだ。ただちょっと、覚悟がなくてさ」
「何の覚悟?」
「……失恋する覚悟」
——失恋? 寺坂くんが?
「何それ。意味わかんない」
「いいよ、分かんなくて」
彼は苦笑した。
よく分からない。けど、考えるのも面倒だ。寺坂くんがいいっていうんだから、きっと分からない方がいいんだろう。
わたしたちは無言で歩く。けれど、チラチラと視線を感じる。
「ねえ、言いたいことあるなら言って。視線、気になる」
「ああ、ごめん」
寺坂くんは目を逸らして、けれど思い直したようにまたこちらを見た。
「五十嵐さんもさ、自分の気持ちと向き合ってもいいんじゃない?」
「自分の気持ち?」
「涼太のことだよ」
――なんだ。寺坂くん、そういうの鈍感なんじゃないんだ。
「……さあ、なんのことかな」
わたしはとぼけて見せる。寺坂くんはそれ以上、何も言わなかった。




