第三話 また、恋をしている
降ってほしくないときは降って、降ってほしいときは降らない。それが雨というものだ。
久しぶりの晴れた空に、スズメたちは弾むようにチュンチュン鳴く。
早くも弁当を食べ終えてしまった私は、なんとなくベランダに出て外を眺めていた。
グラウンドでは、サッカー部らしき男子たちがボールを追いかけてはしゃいでいる。
どこからか、笛の音が聞こえた。ブザーの音が続く。左の方、おそらくプールから。
「水球部かな」
急に声がして驚いて見ると、右隣に紗月ちゃんが立っていた。
「いつの間に」
「ねえ、見に行こうよ」
返事をする間もなく、紗月ちゃんは私の手をとってプールの方へと歩き出した。
ベランダからプールを眺めるのは初めてだ。思いのほか綺麗にプール全体を見渡せる。
「五組の特権だね」
「紗月ちゃんは二組でしょ」
「私はほら、みーちゃんの特権に便乗させてもらってるの」
紗月ちゃんは肩にかかるかどうかのサラサラな髪を揺らして笑った。
プールでは、十数人の男子たちが泳いだりボールを投げたりしていた。ある男子に目が留まる。彼の泳ぎは、相変わらず美しい。
紗月ちゃんはキョロキョロしている。
「いる?」
「いるよ。あそこ」
私の指さす先に、紗月ちゃんも彼を見つけたようで、私と同じようにじっと彼を見ていた。
「寺坂くん、相変わらず泳ぐの早いね」
「スポーツ推薦だからね、幸大くんは」
「みーちゃん、水球のルール分かる?」
「全然」
「私も」
プール内の男子たちは、激しくボールを奪い合い、互いにつかみ合っている。水球がこんなに過酷なスポーツだと、私は知らなかった。
幸大くんにパスが集まる。名前を呼ばれる回数も多い。まだ入部して間もないのに、かなり期待されているようだ。当然、厳しくマークもされている。
彼は一度ゴールに向かって振りかぶったが、目の前に相手が立ちふさがった。これではシュートは打てない。どうする?
その瞬間、彼は消えた。消えたように見えた。上から見ているのに、一瞬で見失った。
――ザバァッ。
小さいころ見たイルカショー。ありえないくらい高いところにあるボールめがけて、水中から颯爽と跳ね上がるイルカ。まさにそれだった。
跳ね上がったそのシルエットは、本当に、本当に綺麗で。最高点に掲げられたボールは、ものすごい威力で放たれた。キーパーの手をすり抜けて、ゴールの隅へ突き抜けた。
体全体の力が抜けた。そのまましゃがみこんで、立てなくなってしまった。
「だめだよ、あれは」
反則だ、かっこよすぎだ。見なきゃよかった。見てはいけなかった。
「私、馬鹿だよね」
震えてまともに声が出ない。らしくなくて、情けない。
「いいんじゃない? たまには馬鹿でも」
「……苦しくなるだけなのに。もう、どうしようもないのに」
景色が滲んだ。本当に、どうしようもなくて。どうしようもないくらい、好きで。
「好きって、こんなに苦しかったっけ?」
紗月ちゃんは何も言わず、そっと頭をなでてくれた。
あの頃とは違う。あの頃の感情とは、全然違うけど。でも確かに、私はまた恋に落ちている。
――また、彼に恋をしている。