好きになる権利
昼休み、いつものように五組のベランダに出ると、みーちゃんは教室に背を向けるようにして座り込んでいた。わたしは、その隣に腰を下ろす。
みーちゃんはわたしに気づいても、何も言わずにじっと座っていた。
「飛田くんと、仲直りはしたの?」
「……別に、喧嘩してないよ」
「どうせまた、友達だとかなんとか言ってはぐらかしたんでしょ」
「……今回は、うまくできなかったかな」
「じゃあ、振ったの?」
「うーん。はっきりとは言ってないけど……たぶん、振ったかな」
「わたしにはさ。なんでみーちゃんが飛田くんを好きにならないのか、分かんないんだよね」
「何それ。紗月ちゃんだって、涼太のこと好きにならないんでしょ? 一緒じゃん」
「分かってないなあ。そうじゃなくて、“みーちゃんが”って話をしてるの」
「どういうこと?」
みーちゃんは分かってない。みーちゃんから見る飛田くんと、わたしから見る飛田くん。「涼太」と「りょうくん」は、全然違う。
「だってさ。あんなにイケメンで、一途で、みーちゃんと気も合うし。あそこまで想われたら、普通は好きになるでしょ。そこまで寺坂くんに固執する理由も、飛田くんと“友達”でいようとする理由も、わたしには分かんない」
「固執、か」
みーちゃんは苦笑いを浮かべる。
「確かに、ここまでくると固執かもね。なんで幸大くんなんだろう」
「みーちゃん的に、恋愛対象としてナシなの? 飛田くんは」
「恋愛対象……そういう風に見たことないから、分かんない」
「じゃあ、見たら? 今、恋愛対象として考えてみたら、どう?」
「できないよ。だって、わたしは幸大くんが好きだから」
即答だった。そんなに寺坂くんが好きなのか。
みーちゃんのその一途さも、真っすぐさも、わたしは好きだ。だけどそれが今は、彼女を縛りつけている。
「そっか。じゃあまずは、そこを解決しないとだね」
「わたしと幸大くんの恋を応援する、って選択肢はないの?」
「うん。もうない」
「ひどいなあ」
「だって、寺坂くんにはみーちゃんを幸せにできないもん」
「……まあ、そうかもね」
意外にも、みーちゃんはすんなり認めた。それが分かってて、どうして、寺坂くんじゃなきゃいけないんだろう。
みーちゃんは立ち上がり、手すりの方へ何歩か進む。わたしもその隣に並ぶ。
「寺坂くんのこと、きっぱり吹っ切れたら、飛田くんに行ける?」
「うーん……それでも、好きにはならないかな」
「なんで?」
「涼太を、そういう風に見たくないから」
いつもそうだ。みーちゃんは、飛田くんのことをそう語る。
「今の関係が崩れちゃうから、とか?」
「まあ、そんな感じ」
「ふーん……」
横を見ると、みーちゃんはプールの方をじっと見ていた。
「最近、昼練見てないな」
どこまでも寺坂くんだ。意識的に、寺坂くんしか見ないようにしているんだ。
「みーちゃんと飛田くんの絆は、そんな簡単に壊れるもんじゃないと思うよ」
「なんでそんなに涼太を推してくるの?」
みーちゃんは不思議そうに、少しだけ首を傾げた。嫌そうではなく、ただ純粋な疑問として。
「みーちゃんに、幸せになってほしいからだよ」
「うーん……まあ、そっか」
みーちゃんは、納得したようなしていないような、曖昧な顔で笑った。
「そういう紗月ちゃんは、涼太を好きにはならないの?」
「ならないよ」
そう答えたと同時に、教室の窓から予鈴が聞こえた。
「もう戻らなきゃ。じゃあね」
「うん、じゃあね。また明日」
――好きにならないの、か。
さすがみーちゃん、痛いところを突いてくる。
普通なら、好きになるに決まってる。あんなにかっこよくて、優しくて、一途な男の子。小さいころ、わたしを守ってくれた男の子。好きにならないわけがない。
だけど、わたしは好きにならない。好きになっちゃいけない。
わたしは、飛田くんのことも、飛田くんの“好きな人”のことも、傷つけた人間だ。そんなわたしに彼を好きになる権利なんて、あるわけがない。
それでも、願ってしまう。みーちゃんに幸せになってほしいのに。二人に、仲良くしてほしいのに。
心の、どこかで。
――明日も雨、降らないといいな。




