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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【涼太 side ③】
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友達として

 十月に入った。

 少し肌寒い空気と、湿気を帯びた風。降ってくる雨は小粒で、かといって傘なしで歩けるほど甘くはない。


 以前は、雨が待ち遠しかった。

 でも今日は、手放しで喜べるような気分じゃない。


「ひーだくん。おはよ!」


 声がして横を見る。赤い傘の先が視界に入り、視線を下げると、半透明な傘越しに五十嵐さんと目が合った。


「ああ、五十嵐さん。おはよう」

「寒いね」

「ほんと、急に気温下がったよね」

「雨降っちゃうと、じめじめして気分も下がっちゃうよ」

「……そうだね」


 五十嵐さんは勢いよく顔を上げた。傘がぶつかりそうになり、思わず身を引く。

 彼女は意外そうに目を見開いた。


「何、どうしたの?」

「否定されると思ってた」

「何を?」

「雨に気分が下がるってやつ」

「どうして?」

「だって、夏休み前は雨が降ると、嬉しそうにしてたじゃん」


 最近の五十嵐さんは、僕の変化によく気づく。少しは、僕に興味を持ってくれるようになったんだろうか。


「そうだったかな」


 とぼけてみせると、彼女はちらっとこちらを見て、すぐ前を向いた。


「飛田くんさ、最近みーちゃんと帰ってないの?」

「最近、雨降ってなかったから」

「ふーん……」


 何か言いたげだけれど、五十嵐さんはそれ以上、口を開かなかった。

 会話が途切れる。雨が傘を叩く、軽やかな音だけが耳に残る。


 幸大の言うように、これが空の涙なんだとしたら、僕たちは、それを弾いてしまってもいいんだろうか。誰か一人くらい、受け止めてくれる人はいないんだろうか。

 空は、寂しくないんだろうか。


「じゃあ今日は、一緒に帰れるかもね。雨だし」


 五十嵐さんの声に、ふと我に返る。

 ……どうかしている。こんなセンチメンタルな気分、僕らしくない。


「一緒に……帰れるかな」


 思わず俯く。ズボンの裾が濡れて、色が変わっていた。

 そのとき、傘に軽い衝撃を感じた。顔を上げると、五十嵐さんがわざと傘をぶつけてきたようだった。


「二人の過去とか、関係とか、わたしにはよく分かんないけどさ。でも……外から見てるからこそ、分かることもあって」

「分かること?」

「うーん……なんていうのかなあ。少なくとも、みーちゃんは絶対、飛田くんのこと嫌いになったとかじゃないと思うよ。だから、そんなに落ち込まなくていいと思う」

「気遣ってくれてるの?」


 そう尋ねると、彼女はばっと顔を上げた。ほんのりと赤くなっているように見える。


「ちがうってば。そんなんじゃないけど」

「そんなんじゃないけど?」

「……飛田くんは、笑ってる方が断然いいよ」


 彼女が笑った。その笑顔に、唐突に遠い記憶の面影が重なる。


『りょうくんは、お料理屋さんになるんだね』


――そんなわけはない。


 頭では分かっているのに、それでも「もしかしたら」と思ってしまう自分がいる。


「五十嵐さんってさ、“さっちゃん”って呼ばれたりしない?」

「……なんで?」

「いや……なんとなく」

「言っとくけど、私は飛田くんの言ってた“さっちゃん”じゃないからね」

「そっか。……そうだよね」


 そんな都合のいいこと、あるわけない。やっぱり今日の僕は、どこかおかしい。


「でも、五十嵐さん……似てるよ。さっちゃんに」

「……どんなところが?」

「元気いっぱいで、好き嫌いがはっきりしてて……他の人の気持ちを、ちゃんと考えてあげられるところ」


 五十嵐さんは何か言いかけて、けれど言葉を飲み込んだ。

 少し間を置いてから、考えるように口を開く。


「いつかまた、会えたらいいね。さっちゃんに」

「うん、そうだね。会いたいな」


 心のもやもやは、まだ晴れたわけじゃない。美咲とのことは、何も解決していない。

 それでも今――五十嵐さんのおかげで、記憶の中のさっちゃんのおかげで、少しだけ元気になれた気がした。


「ありがとね、五十嵐さん」

「だから、そんなんじゃないってば」


 そう言いながら、彼女ははにかむ。


「……まあ、友達としてね。これくらいは、するよ」


 前を向いて笑った彼女は、さっきとは少し違う、どこか切ない表情をしているように見えた。

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